重症筋無力症とは
骨格筋の神経筋伝達は、神経終末から放出されるアセチルコチンが筋肉のニコチン作動性アセチルコリン受容体という蛋白質に結合することで始まります。重症筋無力症とは、このニコチン作動性アセチルコリン受容体に対し自己抗体(自分の蛋白質を攻撃する抗体)が生じるため、体のいろいろな筋肉の疲れやすさ、脱力が起きる疾患です。重症筋無力症を発症した60歳男性。瞼が下がり、眼瞼下垂となっています。
重症筋無力症の頻度・性差・年齢
発病率は人口10万人あたり1年間に2人といわれています。あらゆる年齢に発症しますが、40歳以下の女性、50歳から70歳までの女性および男性に発病が多いとされています。小児の重症筋無力症
小児だけの新生児重症筋無力症と遺伝性の先天性重症筋無力症があります。大人と同じ病態の場合、若年型重症筋無力症と呼ばれます。■新生児重症筋無力症……重症筋無力症の母から出産し、生後2日以内に発病。胎盤から移行した抗体が子供の筋肉の受容体を攻撃することで発病。生後数週間で自然治癒。
■先天性重症筋無力症……健康な母から出産後に重症筋無力症と診断される場合。遺伝的にアセチルコリン受容体が異常となっていることが原因。
■若年型重症筋無力症……未成年に発症する重症筋無力症で大人と同じ病態の場合。
重症筋無力症の症状
突然発症し、一日のなかで症状が変動します。外眼筋、眼輪筋、咽頭喉頭筋などが好発部位です。複視(物が二重に見えること)、眼瞼下垂(瞼が下がること)、構音障害、嚥下障害、呼吸困難、四肢の筋肉の疲れやすさ、脱力などが症状となります。通常は片側性といってどちらか片方の眼、四肢の筋肉が発症しますが、進行すると両方の眼、両方の四肢が罹患します。重症筋無力症の診断
臨床症状……眼瞼挙筋(まぶたを上げる筋肉)、上肢、下肢、呼吸筋など全身の筋肉を精査します。採血……アセチルコリン抗体、Musk抗体(筋特異性キナーゼ、アセチルコリン受容体と別の筋肉内蛋白質に対する抗体)が認められます。
筋電図……重症筋無力症に特異的な所見。
エドロフォニウムテスト……重症筋無力症の治療薬であるエドロフォニウムを静脈注射し、筋肉の障害が改善されば陽性と判定し、重症筋無力症と診断します。
エドロフォニウム注射前。眼瞼下垂が右の瞼に強く認められます。
エドロフォニウム注射後。右眼瞼下垂は著明に改善。
画像診断……胸部X線、CT、MRIなどで胸腺を調べます。胸腺腫瘍、胸腺肥大がある場合、胸腺摘出術の適応を検討します。
重症筋無力症の分類
重症筋無力症は、いろいろな分類があります。よく使用されている分類は以下のアメリカ重症筋無力症財団の分類です。■I型……眼筋型、眼以外の症状なし。
■IIa型……眼の症状に加えて、眼以外の四肢、体幹の筋肉が軽度に障害されます。
■IIb型……眼の症状に加えて、眼以外の呼吸筋、嚥下、発声の筋肉が軽度に障害されます。
■IIIa型……眼の症状に加えて、眼以外の四肢、体幹の筋肉が中等度に障害されます。
■IIIb型……眼の症状に加えて、眼以外の呼吸筋、嚥下、発声の筋肉が中等度に障害されます。
■IVa型……眼の症状に加えて、眼以外の四肢、体幹の筋肉が高度に障害されます。
■IVb型……眼の症状に加えて、眼以外の呼吸筋、嚥下、発声の筋肉が高度に障害されます。
■V型……呼吸の維持のために挿管(呼吸チューブを気管に入れること)が必要です。
重症筋無力症の病理
重症筋無力症の確定診断には筋肉の生検は必要ありません。生検を行っても異常はほとんどみられません。重症筋無力症の治療法
■薬物治療・ステロイド
自己免疫疾患である重症筋無力症の薬物治療では第一選択となる薬。
プレドニン(5mg) 4~20錠/日 1日1回朝服用します。1錠9.6円と安価です。ジェネリックも多数でていますが、プレドニンと同じ値段です。副作用ですが、B型肝炎の誘発、続発性副腎機能不全、消化管潰瘍、消化管出血、うつ、けいれん、骨粗鬆症、大腿骨頭無菌性壊死、緑内障、白内障、血栓症、心筋梗塞、脳梗塞、動脈瘤、硬膜外脂肪腫、腱断裂など様々な臓器に障害がでることがあります。
・免疫抑制剤
ステロイド抵抗性の重症筋無力症、胸腺摘出後などに使用されます。
プログラフ(1mg) 3カプセル 1日1回夕食後服用します。1カプセル861.2円と非常に高価です。特許がまだ切れていないため、後発薬はありません。副作用ですが、腎障害、高カリウム血症、高血糖、尿糖、心不全、不整脈、心筋梗塞、狭心症、高血圧、感染症、B型肝炎ウイルスの活性化、皮膚粘膜眼症候群、呼吸困難、間質性肺炎、進行性多巣性白質脳症、BKウイルス腎症、膵炎、糖尿病、肝機能障害、黄疸などです。
・抗コリンエステラーゼ薬
初期の軽度な症状に対する治療として使用されます。
メスチノン(60mg) 1~3錠 1日に1回から3回に分けて服用します。1錠30.2円と比較的安価です。後発薬はありません。副作用ですが、呼吸筋麻痺、腹痛、下痢、発汗、よだれ、縮瞳、悪心、嘔吐、流涙、頭痛、耳鳴、動悸、発疹などです。
■血漿交換療法
血液を体外循環させ、抗アセチルコリン抗体をろ過や吸着などで回収することで重症筋無力症の症状を改善させます。呼吸麻痺の状態が重篤な場合、胸腺摘出術の術前の治療として施行されます。
■放射線治療
悪性胸腺腫で手術の適応がない場合、放射線治療を選択します。通常入院して30回程度のX線を照射します。副作用ですが、骨髄抑制、放射線性皮膚炎、放射線性食道潰瘍、食道狭窄、放射線性骨髄炎、2次性の悪性腫瘍発生などです。
■胸腺摘出術
胸腺腫瘍、胸腺肥大のみられる重症筋無力症では、胸腺摘出を行うと大部分の方が症状が改善することがわかっています。胸腺摘出術は入院2週間程度の手術で全身麻酔が必要です。肺外科、呼吸器外科、胸部外科などの診療科で広く普及した手術ですので一度受診をお勧めします。