タイの洪水から見るタイミング
経済学的に考えれば、モノの値段は需要と供給によって決まります。しかし現実のビジネスにおいては、価格はほかの多くの要素によっても変動します。たとえば仕入先からの納品が遅れれば、その遅れがひどければ、別の仕入先を探さなければならないこともあります。そのとき、たとえば早く入荷されるのなら、多少は高い値段でもやむを得ないケースもあるかもしれません。このとき価格は、タイミングによって変わる、と言えるでしょう。
最近の例で言うと、タイの洪水で工場が浸水し、精密機械工場の操業もストップしました。そのため、ハードディスクの生産が激減し、価格が上昇しました。洪水前後に仕入れられた会社や、他国のハードディスクメーカーから仕入れることができればコストアップを避けられました。また、洪水が収まるまで待てる在庫があれば、高い価格で仕入れる必要もありません。しかし、そのいずれもできない会社は、高い価格で仕入れるしかないのです。
もちろん、バイイングパワーや交渉力、情報収集力なども大切かもしれませんが、もっと早く動いていれば、と苦悶しているメーカーもあるのではないでしょうか。
とはいえ、いつ買うか、いつ別メーカーにスイッチするかというタイミングは、新聞記事を読んだとしても、わかるわけではありません。こうしたタイミングをつかむのがなぜ難しいかというと、環境要因は複雑に絡み合い、かつ変化のスピードが速く、予測が非常に困難だからです。
そして、タイミングに関する意思決定がなされるとき、ほとんどの企業では、手続きやガイドラインといった考えるツールも存在せず、カンに頼っています。
私たちは、Aが起こればBが、Bが起こればCが起こる、ということは考えます。しかし、その多くは断片のみの検討であって、それ以上深く考えず、その順序が変わる可能性や、最終的な落としどころをイメージしているわけではないのです。つまり、タイミングについての重要な要素を見落としているわけです。
そのひとつは、空気です。適切な時期や適切な場を選ぶとは、コンテクストを読むこと、つまり市場の空気を読んだりストーリーを練ったりすることです。
次に、長期的な視点から見たパターン分析です。歴史は繰り返すといわれるとおり、長い目で見れば同じことを繰り返しているとわかる場合があります。
さらに物事はつねに複数の事象が並行して動いています。ビジネスなら自社だけでなく、競合他社も動いていますから、そうしたシナリオも同時に描く必要がある。
それは情報を集めることです。
最後は経験による蓄積。指揮者であるバーンスタインは、コンサートが始まる時の集中力や興奮の高まりをパターン化し、その最高潮で演奏に入るタイミングをつかんでいます。その瞬間を逃すと、一気につまらないものになるそうです。
それは、演奏者の呼吸であったり、会場の静まり具合であったり、彼なりに分析したいくつかの要素があります。それらの要素が合致したと分析したときに、タクトを振るのだそうです。
バーンスタインではありませんが、適切なタイミングをつかむ力は一朝一夕に身につくものではなく、日ごろの習慣と鍛錬が必要です。
私たちを取り巻く世界、そして環境は恐ろしく早く変化しており、今ほどタイミングをつかむ努力が求められる時代はありません。
そして、「1年の計は元旦にあり」、という人は、すでにタイミングを失っています。
すでに来年の計画を立てている人こそ、そして今から仕込みを始めている人が、頭ひとつ抜け出るのです。