妊娠の基礎知識/妊娠中の不安・疑問

放射線被ばく 妊婦さん・胎児への影響(4ページ目)

福島原発事故により、妊娠をためらう人が出ています。妊娠中の被ばく、被ばく後の妊娠はお腹の赤ちゃんにどんな影響があるのでしょう?日本産科婦人科医会から医師向けに出された資料をわかりやすくお伝えします。

河合 蘭

執筆者:河合 蘭

妊娠・出産ガイド

胎児の精神発達遅滞や奇形の発生には閾値が存在する

ガイド:
過去に発現した放射線の影響、そしてICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に書かれている線量と福島原発から放出された放射線量では、かなり大きな隔たりがあることがわかりました。

ただ、今回は線量が低くても被ばく期間が長期にわたっており、測定される大気中の線量は減っても飲食による内部被ばくはどこまで起きているのかわかりません。妊婦さんには自分の積算線量が正確に把握できない不安があるかと思います。線量がいかに低くても、低いなりの見えないリスクがあるはずなのでそれが不安でたまらないという声も多く聞かれます。

「閾値」について、もう少し教えていただけますか。

塚原医師:
放射線障害については、閾値があるものとないものがあります。

閾値がないものは「確率的影響」と呼ばれ、被爆線量が多くなるにつれ影響が発生するリスクも高まります。がん、白血病、遺伝などの慢性障害(被ばく後時間がたって発症する障害)については、ICRPは閾値がない確率的影響とする立場を取っています。影響が見えないけれど、低線量被ばくにも、被ばく量に比例したリスクの増大が起きているという考え方をしているということです。

これに対し、閾値があるものは「確定的(非確率的)影響」と呼ばれ、閾値を超えてはじめて影響が発現するもので、閾値を越えるまでは影響が発生するリスクは高まりません。脱毛、白内障、皮膚の損傷、造血障害、受胎能力の減退などの急性障害(被ばく後早期に発症する障害)では閾値があると考えられています。

ICPRは胎内被ばくをした赤ちゃんの精神遅滞や奇形の発生には上記の閾値を示していますので、これらについてはもっと安心していただいてよいでしょう。
 

発がんのリスクには閾値がない

閾値のない発がん性については、低いなりのリスクがあると考えられています。

「産婦人科診療ガイドライン産科編2011」では、妊娠中に胎児に10ミリシーベルトの被ばくがあると(妊婦さんの全身の被ばく量ではなく、ほぼ子宮線量と同様と思われる胎児の被ばく量は)、小児がんの発生が微増するとしています。被ばくがない場合は0.2~0.3パーセントなのですが、これが0.3~0.4パーセントになります。小児がんにならない確率でいえば99.7パーセントが99.6パーセントに下がるということになります。

 

グラフ

放射線の影響は、閾(しきい)値のないもの・あるものに分けて考えられます。
【確率的影響と確定的影響の比較】 (原子力安全協会:緊急被ばく医療「地域フォーラム」テキスト平成20年度版)

 

チェルノブイリ原発事故では、ギリシャで出生数が激減

ガイド:
その数字を不安とするか、安心するかは、人によって大きく違うように感じます。

塚原医師:
そうですね。ただ私たちは、診察室で不安をうったえられる妊婦さんについては、メンタルヘルスの面も心配なのです。過去の事例を見ても、チェルノブイリの原発事故があった10ヶ月後に、汚染はほとんどなかったギリシャで出生数が23パーセントも下がり、非常に多くの人工妊娠中絶があったと考えられています。ですから妊婦さんたちには、そしてこれから赤ちゃんを望む女性に、ご夫婦に落ち着いて行動していただきたいと考えています。
 

日本の産婦人科にも従来から使われていたガイドラインがある

ガイド:
そうですか。最後に、「産婦人科診療ガイドライン産科編2011」のことをもう少し詳しく教えてください。そこでは、小児がんのリスク以外に、どのようなことが示されていますか。

塚原医師:
このガイドラインは、産婦人科医が診療のさまざまな場面で出会う問題について、日本産科婦人科学会と日本産科婦人科医会が作成したものです。産婦人科では「妊娠に気づかずレントゲンを受けてしまった」など放射線を使う検査についてよく相談されるため、放射線被ばくについても項目がもうけられているのです。

そこでは、妊娠週数別に、奇形と中枢神経障害の発生するリスクが次のように示されています。

受精後10日まで……奇形発生率の上昇なし
受精後11日~妊娠10週……(この期間内に急性被ばくで)50ミリシーベルト未満の胎児被ばくならば奇形の発生率は上昇しない
妊娠10~27週……(この期間内に急性被ばくで)100ミリシーベルト未満の胎児被ばくならば中枢神経障害に影響しない

受精後10日までに放射線の影響を受けた場合は受精卵が死んでしまうために奇形発生はなく、その後の器官が形成されていく時期の大量被ばくには危険性があります。このガイドラインでは、米国産婦人科医学会の推奨に合わせ、そのリスクは50ミリシーベルト未満では上昇しないとされました。ただ現実には100~500ミリシーベルトでも発生がないという報告もあります。また、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告「ICRP publication 103」では100ミリシーベルトが閾値として示されているのは先ほど述べたとおりです。

ガイド:
今日は、なかなか触れる機会がない情報を詳しく教えていただきまして、どうもありがとうございました。


>> ガイドがデータを知って思ったこと

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