神の島、竹生島

しかし、何と言っても、このエリアのもっとも大きな見所となる寺社は、長浜から船に乗っていく竹生島(ちくぶしま)にあります。島の名前は「神の斎く(いつく)住居(すまい)」を意味し、その中の「つくすまい」が「つくぶすま」と変じ「竹生島」になったといわれます。つまりこの島は、神が住む聖地なんですね。そのため現在も、警備の人以外は、お坊さんも神主さんも、この島の中には住まず、船で通ってくるそうです。
竹生島

船から見た竹生島

日本の多くの寺社の例に漏れず、こちらも、神仏混淆の中で発展してきましたが、現在は、宝厳寺(ほうごんじ)というお寺と、都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)に分かれています。この島は、周囲2キロほどとさほど大きくはないし、お寺と神社は、もともとは神仏混淆で一体となっていたので、現在もすぐ隣。長浜から竹生島は片道30分ほどなので、最速、2時間半程度で往復できます。長浜に行ったら、ぜひ足を伸ばしてください。

宝厳寺

創建は724年。聖武天皇の夢枕に天照大神がお立ちになり、「琵琶湖の中の小島に寺院を建立して弁財天を祀るように。そうすれば、天下泰平、五穀豊穣が約束される」とのお告げがありました。それを受け、有名な僧、行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりです。

秀吉との関係も深く、秀吉の死後、子の豊臣秀頼(母は、江のお姉さんのお茶々)によって数々の建物が再建されました。

■主な見所
唐門(国宝)
豊国廟(京都の東山にあった豊臣秀吉の霊廟)の極楽門を移築したものと言われます。
唐門

唐門は、桃山時代を代表する建物です

本堂(弁才天堂)
弁天

ご本尊の弁財天のご分身

ご本尊の弁財天が祀られています。弁財天は、弁天様とも呼ばれ、音楽などの芸術、財宝の女神として親しまれています。ご本尊は秘仏ですが、ご分身なら拝めます。弁財天は、もともとインドの水の女神なので、水の近くに祀られるのが一般的です。こちらも島なので水の近くですね。

ほかに有名な弁財天が祀られているのは、江の島の江島神社、宮島の大願寺などで、いずれも海の近くです。この三つの弁財天を、日本三大弁財天といいます。

船廊下(重要文化財)
船廊下

船廊下は寺と神社をつなぐ廊下です

宝厳寺の観音堂と都久夫須麻神社を結ぶ屋根付きの廊下です。秀吉のご座船として作られた船の船櫓(ふなやぐら)を利用して作られたといわれます。

●この寺では、『「江」浅井三姉妹 心の源流 ~浅井氏の竹生島信仰と秀吉の大望~』と題した特別公開が行われます。

会期は、2011年5月1日(日)~5月31日(火)及び10月8日(土)~11月6日(日)です。

詳細は、こちらをごらんください。

都久夫須麻神社

江戸時代までは宝厳寺と一体となっていたものなので、創建などの歴史は同じです。祭神は、市杵島比売命、宇賀福神、浅井比売命、竹生島龍神の四柱。市杵島比売命は弁財天と同じ神様で、宇賀福神は弁財天の別の姿、浅井比売命、竹生島龍神は、地元に古くからいらした神様です。

■主な見所
ご本殿 (国宝)
豊臣秀吉が寄進した伏見桃山城の束力使殿を移転したもの。内部には桃山文化の華麗さを伝える見事な装飾がありますが、現在は、一般の人は内部拝観ができません。
ご本殿

こちらのご本殿も、桃山文化を代表する建物です

かわらけ

参拝者が投げた無数のかわらけが落ちています

竜神拝所
ご本殿の前には拝殿があり、竜神拝所があります。その眼下の鳥居に向かってかわらけ(粘土で作った小さな皿)を投げ、そのかわらけが鳥居をくぐれば願いが叶うと言われます。運試しをする人の姿を見かけますが、風が強く、なかなか難しいようです。

都久夫須麻神社についての詳細は、こちらをごらんください。


竹生島への船旅

竹生島行きの船は、それ以外の場所からも出ていますが、長浜からが最短だし、本数も多くて便利です。片道およそ30分。滋賀県と岐阜県の境目にある古くからの霊山、伊吹山の威容や、連なる山々がよく見えて、短いけれど、趣き深い船旅です。
伊吹山

このエリアの代表的名山、伊吹山。麓には、天下分け目の合戦が行われた関が原があります

伊吹山は、ヤマトタケルノミコトが命を落とすもとになった恐ろしい神様が棲む山として、古事記にも登場します。また、昔、伊吹山とその隣にある浅井岳(金糞山)が高さを競ったとき、浅井岳が頭を斬られて、頭の部分が琵琶湖に落ちて竹生島になったという伝説もあります。この浅井岳に棲んでいた女神が、都久夫須麻神社に祀られている浅井比売命で、名前からもわかるように、浅井長政など浅井氏の人々の氏神とも言われます。
竹生島の風景

手前が竹生島。奥に連なる山々には、まだ雪が残っていてものさびしい

このように、このエリアには、浅井氏や豊臣秀吉とゆかりが深い場所が、あちこちにあります。たくさんの武士たちが戦いを繰り広げた湖北地方の風景は、今はどこまでも静かで美しく、しかし、どこか悲しいものを秘めているようにも思われます。素晴らしい観音像がたくさんあるエリアでもあるため、わたしは何度もこの地方を一人で歩いているのです。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。