ヒューマンスケール、
歩く楽しみが代官山の魅力
シンプルな、しかし古びないデザインがヒルサイドテラスの特徴。公開の空間も多く、のんびり散策する人の姿も
といっても、代官山が今のような幅広い人気を得るようになったのは、ヒルサイドテラスの登場以降。江戸時代のこのエリアは江戸の郊外ともいえる場所で、現在、目黒区立西郷山公園、菅刈公園となっている土地はもともとは豊後(現在の大分県)竹田の中川家の抱屋敷(大名が自ら土地を購入して作った屋敷、江戸近郊に配された)があった場所。都心からは離れた、風景を楽しむ場所ったのです。それが明治時代になって西郷隆盛の従兄弟西郷従道が自邸とし、以降回りまわって公園となるわけですが、その経緯を考えると、昭和30年代まではお屋敷は点在するものの、緑地の多い、のんびりした田園ともいうべき街だったわけです。
ヒルサイドテラスの駐車場の向こうに見えるのは旧朝倉家住宅。公開もされている。さらにその先には中目黒のタワーマンションも見え、地域の歴史を一望といった感じだ
さて、そのヒルサイドテラスの登場は1969年(昭和44年)。この地に屋敷を構えていた前述の朝倉家が建築家槇文彦氏と出会い、30年近くの歳月をかけて少しずつ作り上げてきたもので、いまや街のシンボル。7棟ある敷地内にはギャラリー、ホールなどもあり、芸術、文化の発信地として、1998年度にはメセナ大賞が授与されています。経緯を考えると、儲けようという発想よりも、土地を生かし、訪れる人、住まう人にとって快適な街、住宅を作ろうとした長期的な視野が、この建物を気持ちの良い空間とし、また、代官山という街をシンボライズする存在になっているような気がします。
路地に面した古いアパートや一戸建てがショップやギャラリーなどに使われている一画。代官山は通り以外の散策が楽しい場所だ
ちょっと抽象的な言い方になりましたが、街を歩いてみて分かるのは、代官山の魅力というのは大規模ショッピングセンターのようなスケール感とは無縁のものです。もちろん、2000年に同潤会代官山アパートの再開発で生まれた代官山アドレスのような施設もありますが、それ以上に多くの人を惹きつけるのは路地の中や住宅街に佇む隠れ家のようなショップやレストランであり、散歩の楽しさのような気がします。そして、そのシンボルがヒルサイドテラスという存在ではなかろうかと思うのです。
代官山らしい新施設も続々、
来街者も増加中
敷地内に建物が点在、戸外の空間も楽しめる工夫のある蔦屋書店。単なる書店と考えるのは間違いだろう(クリックで拡大)
そうした雰囲気を尊重してか、新しくできる施設も歩いて巡ることが楽しい場であることが多いのが面白いところ。たとえば、2011年12月にはファッションの街として知られてきた代官山のT-SITE内に代官山蔦屋書店がオープンしていますが、ここは広い敷地、建物内を散策するように楽しめる場。名称は書店ではありますが、書籍にDVD、ビデオ、文具などを販売、レンタルするとともに、カフェ併設、料理やモノづくりなども含めた幅広いイベントを開催するなど、知的好奇心を刺激する空間ともなっています。
置かれている書籍、開かれるイベントには文化、建築、デザイン、社会などを考えるきっかけとなるようなものが多く、それがこれまでの代官山に来ていた人より年代の高い人たちやビジネスマン、クリエイターと呼ばれる人たちを惹きつけ、街の雰囲気を変えつつあります。
駅からは少し歩くが、それを楽しみに訪れる人も多い、代官山の新名所、ログロード。入口近くにあるビール製造所が一番人気(クリックで拡大)
また、2015年4月に、地下化された東急東横線渋谷駅と代官山駅間の土地を利用してオープンした商業施設LOG ROAD DAIKANYAMA(ログロード代官山)も散策路に沿って低層の建物が並び、歩きながら楽しむ場所。谷間のような立地を生かして隠れ家的な雰囲気にもなっており、この街らしい施設といえそうです。
以前の、人工的な雰囲気から一転、緑あふれる建物に生まれ変わったテノハ代官山。中庭でくつろぐ人の姿も多い(クリックで拡大)
2014年11月に生まれたTENOHA DAIKANYAMA (テノハ代官山)も話題のスポットです。代官山交差点前の、以前はファッションビルだった建物を緑をふんだんに取り入れてリノベーションされており、自然を取り入れた作りや、個人の手作り商品を大事に扱うショップ、交流の場ともなる中庭など、最近のトレンドが上手に取り入れられているのがポイント。都心の、大型店中心の観光スポットとは一味も、ふた味も違う場作りに代官山らしさが感じられます。ここにはコワーキングスペース、シェアオフィスも作られており、働く場としての広がりも感じられます。
高台にはお屋敷があるものの、
裏通りにはごく庶民的な住宅街が
旧山手通り沿いにはブティックやカフェ、レストランなどが並ぶ。昨今目に付くのは子どもを対象とした商品を置く店だ
さて、実際に街を歩いてみましょう。旧山手通り、渋谷の明治通りから代官山駅に向かう八幡通りにはショップ、カフェなどが並んでいますが、一歩通りから入ると、普通の住宅、アパートも少なくなく、意外なほど庶民的な雰囲気。もちろん、まとまった敷地にはグレードを感じさせるマンションもあります。特に旧山手通りと山手線の間、猿楽町、鉢山町はお屋敷とそうでない住宅が入り混じってエリアが少なくありませ
ん。
青葉台にはお屋敷というにふさわしい住宅が多い。西郷山公園の近くにはインターナショナルスクールもある
これが反対側の青葉台方面、特に高台は見事にお屋敷中心です。かつての演歌の女王や歌舞伎俳優、その他の芸能人、財界人のお宅も多く、駐車場が2台分以上あるお宅はざら。それに混じってファッションブランドのオフィスなどもあります。通り沿いも含めると、このエリアには大使館が多いのも特徴です。
目黒川と平行する通り沿いには小さなアパート、古いマンション、新しくオープンしたショップなどが並び、代官山とは違う活気がある
ただし、青葉台エリアは坂を下りると、ごくごく普通の庶民的な住宅街。ことに目黒通りと平行して走る通り沿いは便利さからか、最近は小さなファッションブランドや、カフェなどが増えましたが、元々はアパートも多かった地域で、駅としては中目黒駅のほうが近くなります。
旧山手通り沿いや青葉台エリアなど、ところどころに空き地が目立つ。地価が高いだけにうかつに開発というわけにもいかないらしい(2010年時点に空地だったこの場所はその後、定借利用で開発されている)
また、このエリアは通り沿いを除いては住居専用の地域が多いので、駅周辺は別として、後は住宅街。コンビニなどはほとんどありません。駅周辺のような、華やかなイメージのある場所はごく一部です。もうひとつ、歩いてみて気付くのは、このエリアにはいわゆる塩漬けになった土地が少なくないことです。バブル期、あるいはそれ以降に手放されたものの、計画が頓挫してしまい、古い建築計画が表示されたままの空き地が残されているのです。こうした土地のうちでも広大なものについては、景気の状況を見て徐々に開発が進むのでしょうが、今の段階では一部、相続がらみの土地が動き始めているという状況。そのため、鉢山町や東横線を挟んだエリアなどで少しずつマンション供給などが始まっています。
最後に気になる
東急東横線代官山の住宅事情を見ていきましょう。