コンサルタントの始まり

コンサルティング業界は当初、個人単位の活動から始まり共同事務所に発展していきました
コンサルティング業界は当初、個人単位の活動から始まり共同事務所に発展していきます
最初のコンサルタントと呼ばれているのは、アメリカのフレデリック・テイラーです。1874年に機械の見習い工としてキャリアをスタートしたテイラーは、工場の作業者の管理に関して、従来の経験をよりどころにする管理ではなく、「科学的管理法」と呼ばれる科学的な効率化理論を考え出しました。これをもとにコンサルティング料を得るようになったと言われます。

コンサルタントたちは当初個人で活動していましたが、次第にコンサルタント同士が集まって共同事務所を開くようになります。これを「ファーム(firm)」と言います。20世紀に入ると多くのファームが出現しました。

その後、汎用コンピュータが出現すると、その計算能力を会計や事務効率化に利用するコンサルタント会社も現れます。会計事務所のアーサーアンダーセンは、1947年に汎用コンピューターを企業会計に利用した世界で初めてのファームです。

戦略コンサルの出現

初期のコンサルタントは、工場や事務といった分野の違いはあれど、一貫して「効率化」という手法でコンサルティングを行ってきました。これに対して1920~50年ごろにかけて、「戦略」視点によるコンサルティングを行う集団が出現。「限りある経営資源をどの分野に集中させるべきか?」「多角化として、新規にどの分野に参入すべきか?」といった最高経営責任者が扱うテーマを助言しています。

代表格のボストン コンサルティング グループは、1966年に日本オフィスを設立し、日本に進出しました。同じくマッキンゼー&カンパニーは、1971年に日本進出。両社は、堀紘一氏や大前研一氏といった著名コンサルタントを輩出しました。日本進出初期には、企業のトップレベルの問題をコンサルタントに依頼するという習慣がなく、大きな苦労があったようです。

会計事務所のコンサルティング部門の台頭

1960~70年代になると、コンピュータの性能が大幅に向上し、会計だけではなく、企業活動の様々な分野でコンピュータが効率化のために活用されました。これらの、コンピュータ活用のコンサルティングを担ったのが会計事務所です。今で言う「業務・ITコンサルティング」の始まりです。

もともと、会計事務所は会計監査の強い顧客基盤があり、企業の会計業務とコンピュータシステムの両方のノウハウを蓄積していました。経営とITの橋渡しができる絶好の立場にいたため業界において主導的な役割を担い、ITコンサルティングの需要は大きく伸びたのです。

エンロン事件による再編

エンロン事件以降、コンサルティング業界は大きな再編を迫られ現在の形となりました
エンロン事件以降、コンサルティング業界は大きな再編を迫られ現在の形となりました
2002年、アメリカ・エンロンの巨額の粉飾決算が明るみになります。これが引き金になって、会計監査を行う会計事務所がコンサルティング業務を兼業することが禁止されました。会計事務所は自身のコンサルティング部門を次々と分離させ買収が行われるなど、再編が進みました。アーサー・アンダーセンは、粉飾決算を主導したことで、解散に追い込まれてしまいます。
  • アクセンチュアの誕生(アンダーセンコンサルティングから社名変更)
  • PWC傘下のコンサルティング部門をIBMが買収
  • アビームコンサルティングが誕生
などの大きな動きがありました。

ERP(Enterprise Resorce Planning/企業資源計画)ブーム

エンロン事件後コンサルティング業界を力強く引っ張ったのが、ERP(Enterprise Resorce Planning/企業資源計画)の導入コンサルティングです。企業のITシステムを一つの基盤に統合するERPは、経営革新の手法として大きな注目を集め、多くの大企業が自社にERPを導入しました。

一度の導入で何十億という規模の案件になることもあるERPの導入は、コンサルティング会社にとって巨大な市場で、ERP市場の成長とともにコンサルティング会社の規模、数も増えていきます。

国内ITベンダーもこのERP市場をねらって、コンサルティング部門を設立する動きが広まりました。日立グループが日立コンサルティングを設立。NTTデータがザカティコンサルティング(現クニエ)を傘下としたのが代表的な動きです。

大手のファームから独立したスピンアウトファームの数が急増し、サービスの多様性と裾野が広がってきたのもこの時期です。

次のページは、コンサルティング業界の今後の動きについて解説します。