メンターを探す行為こそ、自分探しであり、会社探しでもある
メンターとは- 成功体験を伴う役割モデルをベースにした的確な指導ができる人
- 目標であり信頼の対象である人
極力身内じゃない方がいい。なぜなら、あまりにもいろんなことを知りすぎていていると、逆に客観的なアドバイスがしにくくなるし、メンタリングを受ける方も「きっと気を遣ってるのだろう」とバイアスをかけて聞いてしまうからだ。特に問題は後者だ。第三者だからこそ、真摯にその指導を受け止め、実行できるからだ。
「えー!そんな目標となる人、信頼できる人なんていないよ!」
きっとそう言うだろう。そりゃそうだ。いないから今、煮詰まっているのだから。
でも、だからこそ、「メンターを探し出す」気概が常に必要なのだ。仕事や会社ではなく、その仕事・その会社で生き生きと活躍している「個人」を探し出すのだ。書籍や雑誌で常に意識して探すことはもちろん、友人知人のネットワークを駆使して、がむしゃらに目標となる人を探す。見つけたら相談に乗ってもらう。よほど有名人で無い限り、会っていただける決して可能性はゼロではない。
手掛かりも根拠も無く、
ただ勘で業界や会社や仕事を仮に決めて、
エントリーし、受験する。
そして原因もわからず落ちる。
この作業を続けるよりは、メンター探しの方がよっぽど現実的で有意義だと思いませんか?
ここで気づきませんか?そう、
「メンター探し」とは「将来の自分探し」なのです。
「やりたいことがわからない」と悩む学生こそ、メンター探しは有効な手段。
なぜなら「やりたいことを言葉にできない」のなら、「へえ、仕事、楽しそうですね!」と思える人と出会い、その仕事を「やりたいこと」にし、それを言葉にした方が早いに決まっているのだから。
「将来の自分探し(メンター探し)」
それが「機会創造」の作業を大学4年生の今から行う、最善手だと私は思う。
※社会人のみなさんへ。現在、メンターと感じる人や、メンタリングを受けたと感じる人は、昔より少なくなったような気がしませんか? きっと実力・成果主義に傾倒しすぎたために、すぐ成果に結びつかないメンタリングに時間を割く余裕がマネージャーに無くなったからだと思う。するとさらに新人は指導され育成される経験を持たず育ち、その新人がマネージャーになったとしてもメンタリングするスキルを持つはずは無くなってしまう。もう、メンターは会社にはほとんどいなくなる時代が来たらどうしようと思う。業務におけるネットの普及も原因の一つかな?フェイスtoフェイスで話す機会が減ったから。実際、私には今、メンターはいない。よって、社外で探すことを意識している。
※処方箋その1「条件で絞って探すことを、辞めてみる」も読んでね。