十四代というブランドが生まれた理由


幻といわれる銘柄が並ぶ。
「十四代という銘柄は、昔は古酒に使っていたんです」とさらに続ける辰五郎氏。

実は、「十三代」「十四代」「十五代」「十六代」という言葉をすべて特許申請したところ、数字は特許が取れないと判明。しかし不思議なことに、そのうちの「十四代」だけが特許が取れた。「とよしろ、とか、としよ、とか誰かの名前だと思われたんでしょうかねぇ(笑)」 


今の十四代を支えてきたのは地元で人気の銘柄「朝日鷹」。
これが45年ほど前の話。「その後、政治に力を入れるようになったのと、杜氏が高齢で辞めたのとで、息子に戻ってきてもらった」……と。十四代銘柄でいくつかの製品を売り出すことになったのは、それ以後、つまり顕統氏が戻ってからということになる。

ほぉ、特許の問題……これは初耳。興味深い歴史ではないか。今はもうキラキラと光り輝くような十四代というブランド名も、実は、偶然の産物だったのだ。

十三にも十五にも勝るインパクトをもつ「十四代」に勝負をかけた


家紋「丸にちがい鷹の羽」。十四代銘柄の前は「朝日鷹」が主なブランドだった。どうやらこの家、鷹(=高)に関係がありそうだ。
今年で15回目の造りを行っている十五代目の顕統氏は、今年41歳になる。いまや日本酒界の若きスターだが、その華々しい経歴とその裏にある苦労話は、さまざまなメディアで語られているとおり。

富並の酒蔵で小学生まで育ち、中学時代からすでに山形市内で一人暮らし(!)をはじめ、東京農業大学第一高等学校を経て、東京農大醸造学科へすすんでいる。


200年以上の歴史を見てきたお蔵。雪よけの黒板で覆われている。
「中学生のときはお隣のご家族に食事を用意してもらっていたんですが、なんだかお代わりするのが恥ずかしくってねぇ……」なんてかわいい思い出を話してくれる。やはりこの経歴、いわゆるひとつの帝王学だろう。さすが……。

卒業後、東京、新宿のクイーンズ伊勢丹に就職し流通業界を経験。1993年(25歳)蔵に戻り、現在、専務取締役兼杜氏。7歳と3歳の男の子の父でもある。


窓には杉林と、大変珍しいといわれる鏝絵(こてえ)の美しい細工が残されている。
「伊勢丹のクイーンズシェフという流通業界の中にいて、十四代銘柄を客観視できたんですが、この十四代という名前は非常にインパクトがあり、どこか人の心に残るような響きがあると感じていました。十三とか十五に勝るなにか……。なので、よし、この十四代というブランド名で勝負したいと思うようになったんです。」

落ち着いた声で語る顕統氏はさらに、「日本酒によく使われる昔の文字は雰囲気はあるけれど読みにくいんです。商標名でもわかりにくいものが多い。その中で、十四代って、ほら、なんかわかりやすいでしょ。だからこれだな……と」とからりと笑って説明する。

たしかに、十四代は響きがいいし語呂もいい。なんともいえないリズム感がある。さらになんといってもこの十四代の文字。どこの企業もブランドロゴのデザインには最大限の力を注ぐというけれど、この十四代のロゴ(といっていいのか)はひときわ際立っている。きけば、書家「岩崎潮風(ちょうふう)」氏の作だとか。