羊肉、牛肉、野菜を炒めたものを小麦粉で包んで焼いた「グシナン」も、その場で包んで焼き上げてくれる。と、注文を受けてから料理を出すまでの時間をとても気にされていたのだが、私は待ち時間などちっとも気にならなかった。カウンター越しに料理を作っている様子がライブ感覚で見られるから飽きないし、何より一品一品一生懸命に作ってくれているのだという、ひと皿に対する愛情も感じられるから。そう思ったことをアイさんに伝えたら、ここを訪れるお客さんはみな同じようなことを言ってくれるのだとおっしゃっていた。そう感じたのは、ワタシだけではなかったのね。そういえば、隣で聞いていた友人の男性も、小さく頷いていたような気がするしね。素朴さのなかに潜む奥深さ笑顔を浮かべながらケバブを焼くエリさん。ケバブを焼く香ばしい匂いもまたたまらない。「ムラト」の料理をひとことで言うならば、素朴という言葉がピッタリと当てはまる。多少スパイシーな料理はあるものの、基本的には日本人の舌にも合う、親しみやすい味ばかりだ。しかし、それだけでは終わらないのが、さすがかつてさまざまな民族が行き交い、多くの民族を受けていれてきたシルクロードの要、ウイグルの料理である。料理には底知れぬ深さがあるのだ。それは料理をいただくごとに感じられるのだが、これは幾重にも重ねられた歴史がそんなウイグル料理の奥深さを作り上げてきたのであろう。かつて日本の料理にも多大な影響を与えてきたウイグル、ムラトの料理は、どれもウイグルの温かい家庭の風がふわりと吹いてきそうな、そんな優しい味がした。ドライミントの香りが特徴の羊肉の水餃子「チョチュレ」。さっぱりとしていて素朴な味わい。はっきりいって、この店ではゆったりと流れるウイグル時間や、お店のかたとの触れ合いを楽しめない方には不向きだと思う。どの店にも言えることだが、店の空気に馴染めない不協和音のような客は自然と淘汰されていき、そしてその空気にピタッとはまった客だけが、きっとある種、日本の立派な文化である古き居酒屋のように、しばし憂き世を忘れ、自分を取り戻す貴重な時間を過ごせる場所として楽しめるのではないだろうか。私が訪れた日の客は、オーナーに会いにやってきたウイグル人と「アイちゃんの作る料理はやっぱり一番美味しいわ!」とアイさんを孫のように可愛がる、アイさんが住む家の大家さんの日本人女性、そしてサクッと食べてサクッと帰っていった日本人の男性2人組と日本人カップル、それとわたしたちの3人。「ムラト」はおいしさの定義を再発見できる店たっぷりの人参と羊肉を炊き込んだ「ポロ」。ヨーグルトをかけて。今回の来店は、友人のグルミレさんとアイさんの偶然の再会もあり、私にとっては特別な食事となったので、正直この記事には少し、いやかなり?感情が入っているといえるのかもしれない。しかし、私のように偶然の再会がなくても、またウイグル人と一緒に行かなくても、この店では訪れる人数を問わず、ウイグル人の人柄と食に対する想いに触れられ、思い思いの「おいしさ」の定義を再発見できるのではないかと思う。さまざまな民族が行き交い、そしてシルクロードの発展を支えてきたウイグルの食には、やはり多くの人々を惹きつける、おいしいヒミツが凝縮されていた。数ヵ月後には、中国の国家等師級調理師の資格を持つ、エリさんの弟さんが来日されるとのこと。「シルクロード ムラト」は、今後ますますパワーアップすることだろう。いやはや、楽しみだ。ひと際目立つ看板。入り口にはウイグル語の表記がないのが、う~ん残念。■ウイグル料理 「シルクロード ムラト」所在地:埼玉県さいたま市桜区栄和3-20-13TEL: 048-852-3911営業時間:11:30~15:00 17:00-23:30L.O定休日:火曜交通・アクセス:JR埼京線・南与野駅からバスで5分ほど。(栄和北町停留所で下車し、徒歩1分。)地図:Yahoo!地図情報「シルクロード ムラト」のHP※ 学生は10%割引あり■ウイグル流のおもてなし■ウイグルのお母さんのとっておきレシピ1■ウイグルのお母さんのとっておきレシピ2■ウイグルのお母さんのとっておきレシピ3前のページへ123※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。※メニューや料金などのデータは、取材時または記事公開時点での内容です。