■カルガリー事件が残したもの
数々の専門家の意見を取り入れながら審議された今回の裁判。懲役8年という一応の決着を見ましたが、幼い命が犠牲となった事件が我々に残したものは、いったい何だったのでしょうか?
事件に対しての周囲の反応はさまざまでした。
「父親はクラブで知り合った男で、しかも犯罪者だったんでしょう? 結局、彼女もそういう(相手を選ぶような)子だったんじゃないの?」
「1人目で大変なことは分かっていたはずなのに、どうして2人も……。避妊しなかったんだろうか?」
「どこか相談できる場所がなかったのかなあ? 一言誰かに話していれば、何とかなったかもしれないのに……」
「おそらく育児ノイローゼになっていたんだと思う。私もそうなりかけたもの。外国で子供を産んで育てるってホントに大変なのよ」
「子供を虐待して死なせる事件なんて、日本では毎日のように起こっているから、カナダで起きても別に驚かないけど……」
当初、カルガリーにも女性のためのシェルターが幾つかあるはずなのに、なぜ行かなかったんだろう?という声も聞かれていましたが、藤井被告はそこにも駆け込んでいたことが分かりました。ただ、最も大事な時に行かなかった。……というか、行くことを選択できる正常な精神状態ではなかったようです。
事実上の夫であったブラウン氏の彼女に対する虐待も、今回明らかになりました。
今、日本でもドメスティック・バイオレンス(DV)が社会問題として大きく取り上げられていますが、藤井被告もその被害者であったと言えるでしょう。そして2人の子供たちは、まさにその犠牲者であったのです。
カナダの人たちは、日本人留学生が問題を起こしたというよりも、シングルマザーの事件として、この件を捉えているようです。2人の幼い子供たちについては同様に心を痛め、事件後まだきちんと葬儀も行われていないままだったドミニクちゃんのために、カルガリーの人たちが募金をしてくれたということも伝わっています。
ご両親は過去にカナダに来た時も声明文を出し、カルガリーの人たちの厚意に、再三にわたって感謝の言葉を述べています。
以前にも書きましたが、この事件がカナダの日系社会にもたらした衝撃は大きく、直後にバンクーバーとバンフで、ボランティア団体によるヘルプライン(困った時に日本語で相談できる電話番号)が作られました。
バンクーバーの場合、日系団体や組織が多いため、カウンセラー、医師、弁護士等の専門家や相談できる団体など、約30の電話番号が一覧になったリストが作成され、現在も日本語情報誌などに掲載されています。
二度とこのような事件が起こってほしくない……。
これがカナダに住む日本人の共通した願いなのです。
日本を離れ、外国という異文化の中で暮らすことによって味わう孤独感・疎外感。それによって引き起こされる精神のアンバランスについては、私もいろいろな例を見聞きしてきましたが、カルガリーの事件はさらにドメスティック・バイオレンスや育児ストレスがプラスされ、最悪の結果を引き起こしてしまったケースと言えます。
助けを求めるのは恥ずかしいことではありません。つらいと感じた時、自分がかなりまいっていると感じた時、ギリギリの状態にまで行ってしまう前に、誰かに助けを求めてください。親身になって相談にのってくれる人が必ずいるはずです。
また、友達やパートナーがわずかでもそのような信号を発していたら、キャッチして、第三者や専門家に相談するなどの道を開いてあげてください。心の問題の泥沼から抜け出すには、周囲の人の協力が不可欠なのです。
事件の衝撃はまだ生々しく胸に残っていますが、2人の子供たちの冥福を祈るとともに、カナダだけでなく世界のさまざまな国に住む日本人に、また日本で暮らす外国の人たちに、このような事件が2度と起こらないことを願わずにはいられません。
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