国際結婚/国際結婚アーカイブ

「私たちの国際結婚」シリーズVol.3(前編) ワーホリと大雪がご縁を呼んだ?

さまざまな国際結婚カップルの出会いから現在までをリポートしていくシリーズ第3回目。ワーキングホリデーでカナダに来て、仕事を通してご主人と出会ったYokoさんのお話です。

執筆者:シャウウェッカー 光代

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「私たちの国際結婚」シリーズ、今回はワーキングホリデーでカナダに来て、仕事を通してご主人と知り合い、現在は1児のママであるYokoさんの体験談をご紹介します。

■ワーキングホリデーでカナダへ

「いつ頃、カナダにいらっしゃったのですか?」
Yokoさん1995年の8月の終わり頃です。会社の先輩が既にワーホリで来ていたので、その人とコンタクトを取り、まず1週間一緒にカナディアン・ロッキーを旅行して、それから本格的に仕事探しをしました」
「どんな仕事を希望していたのですか?」
Yokoさんツアーガイドをしたかったんですよ。日本では固い会社のOLだったので、人を楽しませる仕事がしたかったのです。絶対になりたい!とけっこう強く思ってました」

当時は日本が深刻な不況になる前で、円高の追い風もあって、日本人観光客の数は年々増えており、カナダの日系旅行業界も潤っている時期でした。Yokoさんが就職活動を始めた9月は、冬用のスキーガイドの募集が始まる時で、運よくすぐに採用が決まったのです。

しかし、最初の半年間は"空港への送迎"だけ。少し増えても、空港で乗り換えのお客様を誘導するだけ。本格的なスキー・シーズンに入ると、バンクーバーから片道2時間のウィスラー(北米有数のスキーリゾート)まで送迎をしましたが、バスの中でお客様にウィスラーやカナダの案内をするというのが主な仕事でした。一生懸命話しても、時差で疲れて眠りこけている方や全然話を聞かずにイチャイチャしているカップルもいたりして、ヘコんでしまうこともあったそうです。

やっと念願のガイドの仕事ができるようになったのは、半年後の'96年3月から。ちょうど春から夏への観光シーズンが始まる時で、バンクーバーの市内観光のガイドをやらせてもらえるようになりました。ご自分でも一生懸命勉強してガイド用ノートを作り、ひたむきに仕事に取り組んでいたといいます。

そういった努力に加えて、明るく人なつっこいタイプのYokoさんは、もともとこういう接客業に向いていたのでしょう。お客様に喜ばれ、旅行後のアンケートに名前を書いていただけるようになり、会社側からの評価も高くなっていったそうです。社内での競争も厳しかったそうですが、初夏を迎える頃には徐々にいい仕事をまわしてもらえるようになりました。
Yokoさんはこの仕事を「天職だと思った」そうです。

しかし、ワーキングホリデー・ビザには1年という期限があります。
そしてこの頃、まだご主人との出会いは影も形もなかったのです。

ビザが切れてしまったら‥‥>>>
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