■緊張の連続だった彼の家族との対面

そうこうしているうちに、初めてインドに行き彼のご両親に対面する日がきました。Kさんはベンガル語がまったく話せません。英語も少しだけ。最初から緊張でカチカチになっており、あまりの緊張感から、1週間ずっとおなかをこわしていたとか。

問題のご両親にまずご挨拶。やはりいきなり打ち解けることはできず、緊張の面持ちのまま、親戚の家にも行かなければなりませんでした。
最初に訪れたのが、お義父さんの妹にあたる人の家。その人は神に仕える仕事をしている厳格な方で、とっても恐くて、ますます緊張感がつのってしまったそうです。
その後、義妹の旦那さんの家に行くと、小さなおばあさん(彼のお母さん)が走り出て来て、Kさんのことをぎゅっと抱きしめてくれたのだそうです。

「そのとたん、涙がぼろぼろ出てきてしまって」
それまでの緊張が一気にとけて、安心したのでしょう。
「抱いてくれるというのは、お母様もなさらなかったから、エッて思って。私のことを受け入れてくれないと抱かないですよね。で、中に連れて行ってくれて、私が泣き止むまで背中をさすってくれてたんです。とっても優しいおばあちゃまでね。まわりの人もみんな優しくて、私が泣きやむのを待って女の子がお庭を案内してくれて、これがレモンの木よなんて教えてくれて。それでやっと気持ちがほぐれたんですね。その後、まもなくそのおばあさまが亡くなられたので、とてもショックでした。もう一度、お会いしたかったのに」

やっと心がほぐれたKさん。それは同行したお義父さんにも伝わったようでした。実家に戻ると、お義母さんの態度も次第に和らいできて…。実はお義母さんも緊張していたようなのです。写真は絶対に撮らせない人だったのに、帰る時に、ご自分からKさんと一緒に撮ってとおっしゃっるほど、心を開いてくださったそうです。

その滞在中にお式はしませんでしたが、親戚やご両親の知人を呼んでの披露宴をしたのだそうです。それが300人も出席する大披露宴。それでも日本人を嫁にもらうことにすごく反対した親戚があったそうで、実際に招待した数の半分だったそうです。ご主人が知らない人もかなり来ていたとか。

その披露宴の時に、Kさんの前に座って英語の単語でいろいろ説明してくれ、緊張気味のKさんを助けて、何くれとなく面倒を見てくれた女性がいました。
あとから聞いてみたら、なんとその人、ご主人の遠い親戚にあたり、彼のお嫁さん候補だった人なのでした。かつてお義母さんの心の中では、その人に決めていた時期があったらしいのです。

「すごく感じがよくて、きれいな人だったので、彼に『あなたは絶対に間違えたわよ』と言ってしまったんですよ(笑)」

■「一緒に生きていくのがこの人でよかった」

現在、11歳になる息子さんは、インターナショナルスクールに通っています。アジア人への差別を身を持って感じているご主人と話し合って決めたことでした。

ご主人の実家はお手伝いさんがいるような裕福な家ですが、いわゆる物質主義ではなく、教育がいちばんの財産だと考えており、妹さんたちも含めて兄弟全員が大学院を出ています。Kさんのご両親も教育を重視し、子供達の希望の進路に進ませてくれました。

お2人はそれぞれの家風を受け継ぎ、息子さんにはできるだけのことをしてあげたいと考えています。

「ただ、今は同じ境遇の友達の中でのびのび育っていますが、いつか自分のアイデンティティーで悩む時が来るかもしれません。でもそれは彼自身で乗り越えて解決していくしかないと思っています」

最後に、夫婦円満の秘訣をうかがいました。

「国際結婚でなくても言えることですが、最後はその人の人間性ではないでしょうか。
もともと彼の正直な生き方に共鳴したのですが、彼の価値観にもすごく刺激を受けています。むしろ私のほうが物質的で、インドに行くといつも反省して帰ってくるんですよ(笑)。
彼は常に生きる努力をしている人。そういうところを尊敬しています。一緒に生きていくのがこの人でよかったと、心から思っています」
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