散歩/江戸風情を探す散歩ルート

四谷左門町から番町へ怪談の現場を歩く(3ページ目)

夏の風物詩というのがいくつかあるが、その定番ともいえるのが怪談である。今回は怪談の現場やそれにまつわる神社などを巡る散歩をしてみた。

増田 剛己

執筆者:増田 剛己

散歩ガイド

暗闇坂をくだる

2
昔は樹木で覆われており、昼間でも暗かったのでこの名前がついたそうだ。
住宅街をしばらく歩くと、大きな神社が現れた。このあたりの氏神でもある須賀神社である。境内に入り、参拝。いまきた方向とは逆方向を見ると、崖のようになっている。ここが高台になっているのがわかる。江戸初期からこの場所にある須賀神社は四谷の鎮守様である。

そちらの階段を降りず、暗闇坂を探す。僕はこの近くの若葉に住んでいたことがある。暗闇坂というちょっと不気味な坂を歩いたことが何度かあったのだが、懐かしい。東京には同様の坂の名前をつけられているところが、いくつかある。あるいは幽霊坂という名前がついている場合もあるが、いずれも樹木に覆われ、昼間でも暗いことからこう呼ばれるようになったようだ。

南元町公園を抜け、迎賓館へ

2
昔、鮫河橋というわれた名残りがここにある。
若葉通りというちょっと商店街のある通りに出る。この道は四谷駅の前を通る新宿通り、信濃町駅の前を通る外苑東通りと平行に走っている細い通りで、それぞれの道から坂をくだってなべ底のような場所である。ここを赤坂御所の方向に歩く。

ほどなく行くと、上を中央線を走っているガードがある。「鮫ヶ橋通ガード」と書かれていた。。そのガードをくるぐると、左側に南元町公園がある。南元町公園の手前の道路わきに2つの小さな祠と鳥居がある。かつて鮫河橋と呼ばれた場所である。
3
緑いっぱいの南元町公園を抜けて、鮫河橋坂へ。
「四谷鮫河橋地名発祥之所」とある。さらにもう一方に「鮫ヶ橋せきとめ神」。一説には、このあたりにかかっていた橋まで鮫がきていたという。

ただ、住居表示としての鮫河橋は残っていない。というのも、かつてこのあたりはスラム街だったからだそうだ。イメージのよくない鮫河橋が若葉というさわやかな町名に変わったのは昭和18年のことだ。いはま迎賓館のほうにのぼっていく坂を鮫河橋坂という名前が残っている程度である。
  • 前のページへ
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 次のページへ

あわせて読みたい

あなたにオススメ

    表示について

    カテゴリー一覧

    All Aboutサービス・メディア

    All About公式SNS
    日々の生活や仕事を楽しむための情報を毎日お届けします。
    公式SNS一覧
    © All About, Inc. All rights reserved. 掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます