12月6、7の両日、北九州市立総合体育館で「女子アジアカップ2003」を見た。
大会名に耳慣れないものを覚えるファンがいるかもしれないが、なんのことはない、伝統の「アジアカップ」に飾りがついただけである。
16回目を迎えた今回、初めて男女別々の開催になったことによるそうだ(男子は12月25~27日、イラン)。

このアジアカップが始まったのは1983年。伝統の、と書いたほど古いわけではないが、歴代の優勝者がすごい。
第1回の江加良、曹燕華を皮切りに、童玲、?亜萍、喬紅という中国の世界チャンピオンが名を連ね、韋晴光(現姓偉関)、王永剛(現姓吉富)の名前もある。
中国選手以外の優勝はわずか5人。うち4人は北朝鮮の選手で、残る1人は全日本選手権シングルス最多優勝記録(8回)をもつ斎藤清である。

とはいえ、最近のアジアカップは影が薄くなったような気がする。大会があること自体あまり耳にしなくなった。
そう思っていたら、案の定、97年の第14回大会まではほぼ毎年開催されていたのに、第15回大会が開かれたのは2000年、そして今回。知らないうちに「3年に1度」の競技会となっていたのだ。

第1回の開催から約20年のあいだには卓球界の状況も様変わりした。
88年に五輪の正式種目になり、96年にはITTFプロツアーの年間王者を決めるグランドファイナルが始まった。
もちろん、世界選手権もあれば、アジア競技大会もあるし、アジア選手権もある。
アジアカップの価値が相対的に低下し、存在意義が翳りを帯びつつあるのは否めない。

中国にしてみれば、若手の登竜門という位置づけなのだろう。送り込んできた選手は3人とも10代、国内の世界ランキング順では8番手、10番手、15番手という具合である。
だからといって、弱い選手ではない。いや、強い。8番手の姜華君は大会直前にあった国内リーグで王楠、郭躍に勝っているというし、その姜華君を決勝で破り、歴代の優勝者に名を連ねたのが10番手の范瑛(=写真)というカットマンなのだから。

さて、そんな大会をなぜ見に行ったのかというと、日本で初めての開催だということもあったが、12月発表の世界ランキングにおいて日本女子の「トップ3」にいる梅村礼(26位、日本生命)、藤沼亜衣(32位、ミキハウス)、福原愛(38位、ミキハウスJSC)がそろってエントリーしたからである。
来たる1月の全日本選手権の優勝候補となりそうな、そして3月の世界選手権団体戦の中心メンバーとなりそうな彼女たちの状態を見ておきたかったのである。

出場選手は15名。中国3名、韓国3名、香港3名、チャイニーズ・タイペイ2名、そして日本からは「ベスト3」に加え、地元出身の推薦選手として末益薫(淑徳大)も出場した。競技種目はシングルスのみ。3~4名で予選リーグを行ない、1位と2位が決勝トーナメントに進み、3位と4位は9~15位の順位決定戦に回るという方式である。(結果はこちら)