女子シングルス準々決勝で末益亜紗美(日本生命)と対戦していた小山ちれ(池田銀行)が、コートのうしろをぐるぐると歩き回りながら、主審に向かって執拗に抗議をはじめたのは、第7セットの2-2のときだった。
「ネットの判定が遅すぎる。これじゃ、試合できないです。審判、代えてください」
試合は、末益が3セットを連取したものの、小山が驚異的な粘り腰をみせ、フルセットにもつれ込んだ。その最終第7セット、2-2の局面で、小山がサービスからの3球目攻撃を決めた。しかし、主審は、小山のサービスが「ネット」だったと判定し、ノーカウントにした。この判定に対し、小山が「遅かった、ラリーが終わったあとだった」と抗議をはじめたのである。
「確かにジャッジが遅かったように見えました」。その場面を目にした人の答えはほぼ一致している。目撃者だけではない。大野寿一審判長がジャッジを下した本人に状況を確認したところ、ジャッジの遅れを認めたという。ネットという判定は変わらないが、判定が遅れたという小山の主張には一理ある。
審判員を変更する権限をもつ大野審判長は、主審と副審を代えることにした。しかし、その決断は、小山の主張を受け入れたからではなく、別の理由によっていた。
「代える必要がないんです、本来ならね。しかしながら、審判員があの状況のなかで冷静にジャッジできるかどうかも、こっちは判断しないといけない。そのあとのジャッジに狂いが生じたら、もっと重大なことになるから」
会場に設置された16台の卓球台のうち、使われていたのは2台だけだった。ほどなく他方の試合が終わったため、立ち見であふれ返る観衆の視線は、収束のメドの立たない抗議の行方に吸い寄せられていた。
しかも、最後の準決勝進出者を決めるゲームである。いかなる状況でも冷静な判定を下すのが審判の義務とはいえ、そうするには過酷な条件がそろっていた。