96年に98勝目をあげたものの、その後4年間は勝ち星に恵まれず、1勝の上積みに5年を要した。
「あれでやめるべきだという気持ちだったんですけど、どうしても納得いかない負け方だった。あそこをどうにかすればもっといけたんじゃないか。それを追求したいな、と」
一昨年の大会から40ミリボールが導入され、卓球を始めて以来使いつづけてきた、愛着のある「一枚ラバー」では打球が飛ばないのだ。昨年の大会終了後、伊藤は決心した。弾みをよくするため、スポンジ付きの表ソフトラバーに替えたのである。
それだけではない。スピードボールに足がついていけなくなったため、両サイドをカバーしやすいシェークハンドにすることも考えたというのだ。67歳になった元世界チャンピオンが、である。バックハンドがどうしてもペンホルダーの動きになってしまうため断念したが、勝利への貪欲さ、探究心は、全盛時を彷彿とさせるものがある。
2回戦では96年全日本2位の松岡りか(京都・宮津卓協)に完敗した。が、そのあとのセリフがニクイ。
「足でやるのが卓球。用具じゃないことが、今日の試合でわかった」

「だから今回、どうしても100勝したかった」
全日本選手権への出場はこれでピリオドを打つ予定だ。しかし、卓球をやめるつもりはまったくない。
「これからはマスターズの記録を伸ばしてゆきたい。卓球から離れたら生きる目標がなくなってしまうから」
記録は破られるためだけにあるわけでもないようだ。