練習会場の出入口のまえにはロビーが広がり、その一角にテレビが設けられている。大阪市中央体育館というエリア限定で試合の映像を流しており、試合を控えた選手やコーチが進行状況を確認したり、「持ち場」を離れられない運営スタッフがのぞいたりしていく。
いま、女子シングルス準決勝の林菱とキム・ユンミの試合を映し出していた。林菱とキムの試合も見たいが、武田と川越の練習も気になる。迷った私は「折衷策」として、そのテレビのまえにいたのだった。
林菱は第1ゲームこそものにしたものの、練習光景とおなじように、キムが繰りだすナックル性のボールにてこずっていた。ドライブの球道が安定せず、ミスによる失点が重なる。ミスを恐れる気持ちが先に立つとスイングから鋭さが失われ、入れただけのゆるいボールを相手からすかさず反撃される。
そのような悪循環から第2ゲームをキムに奪われ、この第3ゲームにはいっても戦況は変わらなかった。じりじりと点差が広がっていき、4-9と5点リードされたところでタイムアウトがかかった。
林菱のベンチコーチにはいっているのは中国国家チームの総監督、蔡振華だった。個人戦ではめったにベンチにはいらない蔡総監督ではあるが、孔令輝とサムソノフの試合でもそうしたように、「大一番」にはベンチにどっかりと腰をおろす。
チームのウェアを着用するのがお決まりの卓球には珍しくベージュのジャケットと黒のスラックスを身につけた姿は、泰然と選手を見守る姿と相まって、侵入を試みる外敵のまえに聳える牙城のように見える。
蔡総監督は選手として1980年代前半に活躍した。世界選手権のダブルスで2度優勝したものの、シングルスでは決勝に進んだ1981年、83年ともチームメートの郭躍華に敗れ、世界タイトルを手にすることはなかった。世界チャンピオンを次々と輩出する中国において成功した選手とは言い切れないのだが、しかし、そのような戦績のなかに一世を風靡した蔡の真価は見あたらない。