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秋山事件なぜストップできなかったか?(9)

今年の大晦日、唯一の地上波放映となった『Dynamait!!2006』を舞台に勃発した、秋山vs桜庭の“ヌルヌル”騒動。その大勝負を台無しにした物はいったい何だったのか

執筆者:井田 英登

【承前】

Hero's審判団は、秋山の反則をなぜ“免疫”できなかったのか

人間の肉体には、毒物や病原菌など、生体の安全を脅かす要素が侵入すると、それを異物としてチェックし排除する“免疫”という仕組みが存在する。

同じように、格闘技のリングには“犯意ある競技者”が登場しようとしても、その行為を事前に阻止するための装置がある。審判団のボディチェックがそれだ。

しかし、今回の事件では、その仕事がきちんとなされなかったため、試合自体がノーコンテストとなるという大事態にまで発展してしまった。いわば、免疫がきちんと働かず、外科手術で患部を切除しなければならないという最悪の状況にまで事が進んでしまったということになる。

通常の試合なら、オイル塗布というのは、簡単に察知できる、いわば“初歩的な反則”のはず。だが、Dynamite!!審判団は、“門番”としてこの反則をフィルターする事が出来なかった。

メインレフェリーを務めた梅木レフェリ-一人の判断に批難が集中してしまった今回の事件であるが、僕はその見解には賛成できない。むしろ、この事件のキーは、ゴングが鳴る以前の、ボディーチェックの不手際にあると、僕は考えている。

ボディーチェックと言えば、異様にテカった顔や身体でリングインしてきたキック系の選手が、審判団にタオルでそれを拭き取られている光景を、みなさんご覧になった記憶があるのではないだろうか? 

これは特に外国人選手や、キック選手から総合に転向してきた選手などに多いのだが、彼らにはバッティングでのカットを防ぐためにもあってワセリンやオイルを塗る習慣がある。(もちろんスリップを誘発する意図で故意に塗って来るケースも多い)。

そうした場合、にわか処理でオイルを拭き取ったところで、粘着度の高いクリーム類を完全除去できるわけではないので、“やった者勝ち”になってしまうケースが多い。仮にルール上ギャラの数パーセントを没収されることはあっても、そこでシャワーを浴びて仕切り直して来させる所まで厳密な処置を命ずるプロモーターは居ない。試合は結局行われてしまう。それで合法処理されるのであればと、確信犯的に大量塗布してくる悪質な選手もいたりする。

事態の推移については、主催者であるFEGが、事件の経緯をインサイダー視点から分析した文書をまとめているので、その記述に基づいて事件の本質に迫る部分を考えてみよう。

検証結果 ~オイル疑惑について~

(1)青コーナーより先に桜庭選手が入場。続いて赤コーナーより秋山選手が柔道愛好者140人の少年少女と共に入場。通常、選手はリングインする前のリング下で、サブレフェリーにボディチェックを受けるが、この時はいつもの秋山選手の入場曲が終わってしまいそうだったので、リング下で芹沢サブレフェリーが道衣を脱ぐか着るかを確認。秋山選手から「脱ぎます」という返答があったため、とりあえずリングインさせ、リング上でボディチェックをすることにする。芹沢サブレフェリーは秋山選手の道衣の中に手を入れ、体に直接手を触れて異物の存在、オイルの有無をチェックしたが、異常が認められなかったので、通常通り試合を開始することにした。

~中略~

(7) TKO後も意識のある桜庭選手は強い語気で「なんで?すべるよ!」とレフェリーにアピール。梅木レフェリーはすぐにその場で秋山選手の胸、背中をチェック。またジャッジの松本審判員が桜庭選手の抗議の内容からいって、秋山選手の足を確認すべきだと言う指摘をしたため、梅木レフェリーはその時すでに道衣の下をはいた状態の秋山選手の裾をめくり、足のチェック。梅木レフェリーは、オイルの有無等、異常を確認できなかった。

(8)より正確な判断をするため、ルールディレクターの礒野審判員ら審判員一同がリング上で閉会式が行われる秋山選手の挙動に注目。リング下に下りてきてからは、すぐに礒野審判員が秋山選手の帯を抱えるように密着して同行。会場を退出するまで秋山選手の挙動をつぶさに観察したが、体から何かを拭き取るなど不正の痕跡を隠滅、隠蔽するような行為は一切なかった。

(9)控室に戻る途中の通路で、秋山選手と同行していた礒野審判員、HERO’S平審判長、K-1ルールディレクター大成審判員が桜庭選手のセコンドを務めた豊永稔氏立ち合いのもと、秋山選手にもう一度道衣を脱いでもらい、ボディチェックする。まず、豊永氏に秋山選手の体に直接触れてチェックしてもらい、次に平審判長、大成審判員、礒野審判員が全身、特に足、ふくらはぎ、ヒザ裏などを入念に触れてチェックする。感触、臭い等から総合的に判断したが、「ヌルヌルしている」と感じた者もいたが、それがワセリンやオイル等不正な物質を塗布しているとまで言い切れないと言う判断になった。


以上が、審判団のボディチェックに関連する下りであるが、ズバリ言ってしまえば、試合中、試合後の検査に関しては、「手遅れ」になってしまってからの処置であり、妥当性を問いなおしても仕方がない。大事なのは、試合開始のゴングが鳴るまでの間に、審判団が秋山のオイル塗布を察知できなかった段階で、もう既に彼らは“敗北”していたことになるからだ。

その後、ファンの間で取りざたされたメインレフェリーの梅木氏のストップタイミングや、桜庭側からの抗議の処理の妥当性に関しては、逆に問題なかったと考えて良い。仮にサミングなど目に見えて異常な攻撃が視認された場合ならともかく、あの段階で秋山は普通にパウンドを落としていただけであって、桜庭はそれを浴びていた立場である。通常の試合運営基準から言えば、攻撃行為が続行しているタイミングで、攻撃を受けている立場の選手の『タイム要求』が聞きいれられることはほとんどない。

その意味で、試合中の処理に関して梅木レフェリーが責められる部分は、ない。少なくとも試合中に関しては、彼の試合処理は全面的に妥当であったのだ。

事後処理のもたつきから、ファンの間では審判団全体や主催者までがグルだったのではないか? といった極論にまで推理が発展した今回の事件だが、正直、そうした意見は感情論にすぎない。

問題の焦点は、やはり試合前のボディチェックの手落ちに尽きるのである。

秋山事件なぜストップできなかったか?(10)に続く
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※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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