老兵とドラゴンのカウンター合戦
圧倒的な物理的リーチ差。届かないパンチを打ち込むために、ホーストの仕組んだ“一瞬遅れ”のカウンター勝負は、悲劇的な結末を呼び込む事に |
得意の左の前蹴りと、一般選手ならローではないかというような軌道を描くミドルで戦端を開くシュルト。ホーストは当然のようにカウンターのパンチを合わせていくが、リーチの差が著しい。ホーストのパンチはヒットこそするが、ダメージを与えるまでには至らない。
間合いが詰まってクリンチとなると、シュルトが体格差を生かして首相撲でホーストを振り回わそうとする。こうやってバランスを失った選手たちが次々に東京ドームの藻屑と散っていったわけだが、さすがにホーストは違う。振り回される前に手堅くクリンチでしがみついて、シュルトの“ぶん回し”を許さない。K-1ルールでは死滅状態に追い込まれつつある「首相撲」という技術だが、ホーストはキャリアの前半にあたる、地元オランダでの試合で、こうしたムエタイ式の首相撲をふんだんにこなして来た選手。昨日今日、他競技から転向して来た選手たちとは技術の奥行きが違う。シュルトは構わずヒザのラッシュを浴びせて行くが、ホーストは前後の出入りで幻惑し、ダイビングのように両拳を揃えて飛び込むパンチを振るって、リーチ差を無化しようと試みる
体格差はある意味、格闘技においてハンデである。
ホーストがシュルトに対して狙っていたのは、シュルトの長所であるはずの手足の長さを、逆に短所にしてしまう戦法だった。
長い手足は、そのリーチ分、攻撃の到達と往路に時間をロスする。
ホーストはこのロスにつけ込んで、シュルトの攻撃の“戻り”のタイミングにカウンターの攻撃を合わせる戦法だ。戻って行く拳をトレースするなら、少なくともその拳の殺傷力を恐れることなく相手の懐に入って行ける。「さすがはホースト!」と言いたくなるようなクレバーな戦術だが、それでも想像以上のリーチ差が、現実として有効打を妨げる。
やはり老兵の挑戦は、風車をドラゴンに見立てるような、虚妄と驕慢の産物でしかなかったのか?
続く2Rも、カウンターを狙い、蛙飛びのような前のめりのパンチを打ち込んで行くホースト。だが、シュルトのリーチは、理論を凌駕して圧倒的だ。ホーストは決定的なペースを掴む事ができないままだ。
シュルトが動いたその瞬間、ホーストは勝負に出る。
1Rよりさらに深く踏み込み、右ストレートをシュルトに叩き込もうとする。
焦りか、それとも怒りか。
かつて“精密機械”とまで呼ばれた正確無比なホーストの攻撃が、このとき感情の深みにハマっていたのではないかと思う。その刹那、シュルトは左ヒザが、壁のようにホーストを遮断する。凶悪で鋭い角度のヒザが顔面を捉えた。
ホーストはこの一撃で左目じりから大量に出血。
リングに上がったドクター達は首を振り、TKOの宣告がくだされる。ホーストの2005年はこれ以上ない屈辱的な形で終わった。
【後編】に続く