水面下での舌戦と“指名試合”
大会前日のツーショット。遺恨を抱えた選手同士には思えない表情だが、怨念を胸に秘めたこのポーカーフェイスこそ、ホーストと言う選手の本当の怖さかもしれない。 |
これは大晦日の試合の直後、シュルトが暴露していた話だが、「GPで彼が勝つとは思わなかった」とシュルトを酷評するようなコラムを、地元オランダの「ファイトスポーツ」誌に書いたりしていたと言うのだ。「GPではシュルトが勝つだろうと思っていた」という前記のあっさりしたコメントとは、全く正反対のことを言っているのである。
普段から無口で、相手の悪口を言うようなことはほとんど無いシュルトだが、さすがに腹に据えかねていたらしく「あの記事の中では仲間の悪口も言われて、あまり良い気分じゃなかったから、勝てて良かった」とまで言いだす始末。
これに加えて両者間の「言った言わない」話は、さらに第二ラウンドがあると聞いて驚いた。これはある事情通から聞いた、若干真偽の判らない噂話なのだが、今回この対戦は実はマッチメイカーからの打診ではなく、ホーストが強く望んだ事から実現したカードなのだと言う。というのも、例の記事のお返しとしてなのかは判らないが、今度はシュルトがホーストを揶揄したという噂が流れ、それを聞いて怒り心頭に達したホーストは、わざわざシュルトのジムに出向いて勝負を申し込んだのだという。それが本当なら、先のシュルトのコメントは、自分に都合の良い部分だけを取り出して語った事になるし、どちらにせよ、あまりおだやかな話とは言い難い。
こうなってくると誰が本当の事をいっているかも判らなくなる。ただファイターという人種の心情は結構特殊で、一般に言われる“公明正大なスポーツマン”とはちょっとイメージが違う場合が多い。例えば、強い選手ほど嫉妬心が強かったり、自ら築いた名声を守るのに必死だったりするのはよくある話。たった一つの勝ちを得るためにありとあらゆる手段を講じ、いかにみっともない姿を晒そうとも勝負にしがみつくといった行為が出来るから、戦績も人並み外れたものとして積まれて行く。だから、ホーストの陰湿な行為もイヤミ攻撃なども、決してあり得ない話ではないと思う。ただ、それにしても「言った言わない」の小競り合いの因縁を、リングにまで持ち込むとは、全く大人げない話である気がする。
本来年齢的にもキャリアのピークに近いシュルトに挑む事、それも軽口程度の揶揄でどうしても許せないと息巻くといった行為には、老兵の高すぎるプライドを感じてしまう。イントロ部分でも書いたが、ホーストは筆者と同年代の40歳。普通なら、十歳も年下の青年がうわずった戯れ言で挑発して来たところで、「オマエももう十年生きれば判るよ」ぐらいの皮肉で済ますだろう。まして、この世界のトップに立つキャリアの持ち主が、後輩に自分から血相を変えて食って掛かると言うのは、どう考えても異常だ。いっそ、「血迷っている」と言ってしまってもいいだろう。
格闘技の選手である以上、「リングでの直接対決」が全てであるとは思うし、時に気に食わない相手に対戦を迫るのも人間的なエピソードとして、あっても構わない。だが、仮にも自ら“フォー・タイムス・チャンピオン”として周囲に尊敬を要求する男が、十歳も年の違う若手に「悪口を言った」ぐらいの理由で、血走った「対決申し込み」だなんだと騒いでいる姿は、想像するだけで見苦しく卑しい。そんなものを“王者のプライド”と言われても困る。王者なら王者らしく、どっしり構えて挑戦者の名乗りを待っていればいいはずではないのか?
いったい、そうまでして、ホーストは何を守ろうとしているのであろうか?