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復活した伝説の格闘家、沈黙の十年の意味に迫る 「長田賢一、北斗の涯を越えて」(4ページ目)

昨年北斗旗に現役復帰した伝説の格闘家長田賢一。その沈黙の十年とライバル佐竹雅昭との生き様の対照を通して、プロとアマチュアの間に横たわる大いなるイズムの違いを考察する。

執筆者:井田 英登

方、長田はそうした華やかなプロシーンから意識的に離れる事で、静謐な修行の日々を選ぶこととなった。ヒトの思惑や視線に左右されるのではなく、ただ己であり続けるために、栄誉も賞賛も求めない生活である。
 
 本来、格闘家という人種は、音楽家や画家などと同様、自己表現を行うアーチストの部分を強く持っている。筆の代りに拳と汗で己の人生を、マットに刻んでいく芸術家なのである。虚栄心も名誉欲も、実は人一倍だ。でなければ勝ち負けにこだわり、歓声を浴びるためにわざわざ自分の肉体を傷つける競技に身を投じたりはしない。

 だが、あえてそうした虚栄の誘惑を投げ捨てて、一切の競技活動を封印した長田の生き様は、抜ける刀を抜かず、敵の白刃に身を晒す武士(もののふ)のような、そんな壮絶な覚悟を感じさせる。

 まして、その選択を十年間守り続けたとあっては、なおさらだ。人で在る以上、その期間、心には心にはいくつもの迷いや葛藤が浮かび上がったであろうし、甘い誘惑などが幾つもあったにちがいない。だがそうした思いをすべて沈黙の壁に塗りこめて、ただ市井の一般人として生活し、一切の評価を求めることなく生き抜いた事実は、彼のそれまでの実績を知るだけに、脅威に値する。沈黙の誓いを立てた敬虔な修行僧でさえ、ここまで完ぺきに我欲を消すことはできまい。そこにはきっと強靱な意志と、我々凡人が伺い知ることも出来ない確固たる信念があったにちがいない。

た、これは結果論になってしまうかもしれないが、長田の沈黙は、その後の大道塾の独立を守ったという事実を指摘しておかねばならないだろう。

 仮に、当時競技の頂点に立っていた長田が、正道会館やK1の提唱するグローブ空手の流れに合流していたら、おそらく価値観の衝突によって大道塾や北斗旗は、今のような競技としての完成を見ることは出来なかったと思うのである。文化でも政治でも宗教でも、対立する価値観が接触すれば、そこには衝突が生まれ、いずれかが一方を蹂躙しきるまで、永遠に対立し続ける構図が生まれる。<グローブとスーパーセーフ>の問題しかり、<プロ化と社会体育>の問題しかり、全く正反対のベクトルをもつ主張をもった両団体が具体的に【対抗戦】という構図で向かい合えば、お互いにお互いを潰しあう生存競争に突入せざるをえない。当時のファンは、そしてマスコミはそうした衝突を無責任に期待していたし、何かの歯車が狂っていれば、実際その衝突は実現してしまったかもしれない。

 だが、エース長田の沈黙によって、この対決は永遠に不可能となった。その効用を長田自身が意識していたのか居なかったのか、それは知らない。だが、正道とK-1は大道塾とのニアミスを経て、その矛先をキックボクシングやプロレスという、より異質なスポーツとのイデオロギー闘争に活路を求めていくことになる。大道塾は大道塾で、二卵性双生児のようなイズムから産みだされた総合格闘技UFCとのショック療法的な邂逅を経て、再度内部の充実へと軌道を修正。「空道」という武道的完成形の概念を見出したのち、2001年には初の世界大会開催という大輪の花を咲かせる事に成功している。もし、長田の沈黙が無ければ、その体力は外部とのいたずらな衝突に消耗させられ、決して今のような結実を見なかったとおもうのだ。
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