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復活した伝説の格闘家、沈黙の十年の意味に迫る 「長田賢一、北斗の涯を越えて」(5ページ目)

昨年北斗旗に現役復帰した伝説の格闘家長田賢一。その沈黙の十年とライバル佐竹雅昭との生き様の対照を通して、プロとアマチュアの間に横たわる大いなるイズムの違いを考察する。

執筆者:井田 英登

が、長田の天の岩戸のアマテラスを思わせる頑な沈黙の日々に、まさかの開放の日が訪れる。2001年、創始者東孝氏によって、大道塾は“寝技や投げもある特異な空手団体”から、「空道」という独自の概念をもった武道集団へと進化したという宣言がなされる。そして、その集大成となった第一回世界大会開催を見届けた後、翌年の体力別大会で、長田は北斗旗復帰を果たしたのである。

「やっぱり、審判してるより、試合してるほうが面白いですからね」その復帰の動機は、今大会、藤松に敗れた直後に彼が発した、この一言に集約されているように思う。単純で、うっかりすれば、何の変哲もないただの感想として受け流してしまいそうな一言だが、それを表立って口にするのに費やされた年月を思えば、けっしてその内容は軽いものとは思えない。さまざまな理由を持って継続されてきたであろう沈黙を越えて、ようやく長田は格闘家としての己を露にする時を得たのだ。

「大会前に拳を痛めちゃったこともあって、スパーリングとかは全然できなかったんですけど、子供たちと一緒に練習したりいろんな取組みはやって来ましたんでね。これからは怪我との闘いですよね」そう語る言葉にも気負いはない。たしかにその年月は、彼の肉体を老化させたかもしれない。しかし、指導者に収まり、格闘者としての実践を捨てるには長田はまだあまりにも若かったのである。

 残念ながら、僕は昨年の長田の復帰戦の模様を観戦できなかった。ただ、噂に聞こえてきた「長田健在」の知らせは、僕の気持ちを強く揺さぶり、今年の取材の原動力となった。

 そして、それが気まぐれになされた復帰ではない事を、長田は今年の闘いで立証してくれた。現役世界王者である藤松や、昨年の無差別準優勝者清水との直接対決は、まさに北斗旗の歴史を直接後輩に受け渡すための、“伝承の儀式”にほかならない。今、この2003年の自分が「空道」という武道に対して、何を刻み、どういう役割を果たすべきか、考え抜いた末の現役復帰であることは明らかだった。

「もう世界大会とか優勝とかギラギラした野心はないですけど、空手修業の一環として、教えてる子供たちにも闘ってるところをみせたいですし、後輩の壁にもなりたいんで、来年も北斗旗に出ます」そんな姿勢を貫き通した長田の今年の闘いには、個人ががむしゃらに頂点を目指す闘いとは、また全く別の趣を感じることが出来た気がする。

 その印象を、僕はBoutReviewにこうレポートしている。

 プロという道を選ばなかった長田には、道場での武道家としての日常があり、そしてさらには社会人として暮らす日常が有る。それらの日常の延長として、大会に参加し、38歳なりの“己の今”を確かめる自由を、彼は手にしているのだ。頂点に立つ姿を商売として“売る”プロフェッショナルアスリートには、それは到底許されない生き様だ。彼らは選手として、衰えを人に晒すことはできないし、弱さでは飯は食えないからだ。常に頂点の存在であろうとし、疲弊し、擦り切れてそして最後は象のように死に様を人に晒さぬよう“引退”という墓場を選ぶしかない。

 だが、一アマチュアである長田は違う。アスリートとして頂点を越えたその先のコーナーをなんの気負いもなく、淡々とゆっくりと下っていく。その姿を後輩達に見せ続ける余裕と、今日の自分を精一杯競技の中で確かめる自由を、彼は満喫しているのだ。この十年の沈黙の代償に、長田は“格闘技を生きる”楽しみを手にしたのかもしれない。

「当たり前ですけど負けちゃうと、今日はもうこの先試合が出来ないんだなあと思っちゃいますね」そうつぶやいて、冴え冴えとした笑顔みせた彼の表情に、僕はその証を見たように思った。長田賢一、38歳。格闘家としての頂点の輝きは失せても、人の生き様としての輝きは、北斗の星のように今も不滅だ。


 これに新しく付け加えることは、もうあまりない。
 
「打撃はちょっと少なかったかもしれないけど、投げとか、着衣の格闘技としてはやっぱり後輩達のああいう動きにもっと近づきたいって思いましたねえ。掴んでからの打撃とか、寝技とか、自分に足りないと思えたってことは、まだまだ自分の中に伸びれる要素があるって事だしね。自分のスタイルはありますけど、まだまだバランスが足りないって思いましたからね」

 そう試合を振り返る長田の表情は、さきほどの少女を見送った時のままに柔和で晴れやかだったことだけをお伝えしておこう。
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