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至近距離から見た、幻のUFC王者の流転の一年 「ジョシュ君のこと」(1)(2ページ目)

史上最年少のUFC王者の栄光をドーピング疑惑で奪われ、未経験のプロレス界に身を投じたジョシュ・バーネット。はからずも僕の至近距離で繰り広げられた一年間の苦闘をお話しよう。

執筆者:井田 英登

だこのプランには、一つの大きな落とし穴があった。

 当然元UFC王者という肩書きを背負った、ジョシュのギャラは安くはない。実際のところ、彼もチャンピオンになるまではそんなクラスの選手ではなかったわけだが、幻に終わったとはいえ、世界の頂点にたった実績は一気に彼のクラスを高く押し上げたのである。ジョシュにしても、それだけの実績を残した以上、自分を安売りするつもりはない。当然金銭交渉の席に着けば、それなりの額を要求することになる。日本の市場が如何に格闘技ブームで沸いているとはいえ、それを賄えるのはK-1とPRIDEの二大メジャーだけだ。
 
 だが、この二大団体はともにアメリカ市場制覇を目論んでおり、その拠点となるラスベガスに進出するためにネバダのアスレチックコミッションに所属してしまっているのである。要するにK-1とPRIDEは、使いたくてもジョシュをブッキングできないのだ。

 この四面楚歌の状況で、ジョシュの望みは両プロモーションの共同開催となるDynamite ! に何らかの形で食い込むことだった。実際、ジョシュが来日した8月半ばになってもDynamite ! ではメインクラスの試合以外には一向にマッチメイクが決定していなかった。当然、ジョシュが招聘元のK-1事務局を通じて、石井館長に熱烈なラブコールを送っていたことは、僕の耳にも入っていた。ある筋の情報では、直前の発表予定カードにジョシュの名前が踊っていたことさえある。

 しかし、館長はあえてそこで断を下さなかった。
 やはりネバダのコミッションとのトラブルを回避したかったことが一番の理由だろう。実際、K-1本隊が8月の半ばに当のラスベガスで大会を開催していたこともあり、ここで無用のトラブルを抱え込むのはリスクが大きすぎる。加えて、ジョシュの日本での知名度がさほどでもないということも、大きな理由になっただろう。
 
 サップにしてもノゲイラにしても、今では巨額のファイトマネーを受け取るメインイベンターだが、元は無名選手として日本に登場した選手である。そこからじわじわ知名度を上げ、今のポジションに上り詰めた“ガイジンエース”なのだ。既に名前が日本のファンに十分浸透しており、彼ら目当てで客がチケットを買う“ヴァリアブルプレイヤー(値打のある選手)”だからこそ、巨額のファイトマネーを払っても元が取れる。逆に、アメリカでしか闘って来なかったジョシュは、日本では全く無名である。現役王者であるならまだしも、ベルトを不名誉にはく奪されたダークなイメージさえある。強さや実力はあくまで通のファンの基準でしかない。身銭を切って選手を招聘するプロモーターの基準はあくまで「動員力」にある。だが、ジョシュにはそれがない。にもかかわらず“値が張る”。やはり、ステロイド疑惑の影は、太平洋を渡っても振りきることはできなかったのである。

 そんな状況でありながら、ジョシュはあきらめなかった。

 通常、こうした外人選手のブッキングにあたっては、仲介人として“ブッカー”という職種の人たちが選手を団体に売り込む。もし仮にジョシュに腕っこきのブッカーがバックについていれば、プロモーターには彼を使うことのメリットを巧みに納得させ、満額とは言わないまでも妥当なラインのギャラを引き出すことも可能であったかもしれない。

 しかし、ジョシュはそうしたマネージャーを一切雇わなかった。それも交渉が上手くいかなかった原因かもしれない。彼は「僕は僕のマネージャーだ。誰の世話にならなくても、僕は僕の値打ちを相手に話すことはできるし、僕の良さを一番知っているのは僕だからね」そういって譲らなかった。英語しかしゃべれないジョシュにそんなパワーネゴシエイションは絶対無理だろうと、Jリーグにブラジル人選手をブッキングしているようなやり手のスポーツエージェントを紹介したりもしたのだが、結局ジョシュは首を縦に振らなかった。
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