正真正銘の"驚異の新人"

『ハートシェイプト・ボックス』
ロックミュージシャンの落札した黒いスーツには、かつて彼が捨てた女の義父の霊が取り憑いていた。ローカス賞にも選ばれた著者の初長編。
アンソロジストの東雅夫は『20世紀の幽霊たち』の文庫解説にこう記している。いわく「「驚異の新人」といった類の謳い文句を冠されて世に出る作家は珍しくないが、額面どおり、真に驚嘆に値するような例は、残念ながら決して多いとは云えない」「その稀有なる一例が、本書『20世紀の幽霊たち』で二〇〇五年にデビューしたジョー・ヒルである」――実際に『20世紀の幽霊たち』の収録作を一読してみれば、この発言がまったくの真実だと解るはずだ。『ハートシェイプト・ボックス』は邦訳されていたものの、日本での知名度はいまひとつだった著者は、本書によって読書家たちの注目を浴びることになったのである。

ジョー・ヒルは1972年生まれ。1995年にバサール大学を卒業後、翌年から小説の発表を開始し、2005年に覆面作家として初短編集『20世紀の幽霊たち』を刊行。同書はブラム・ストーカー賞、英国幻想文学大賞、国際ホラー作家協会賞などに選ばれた。2007年には初長編『ハートシェイプト・ボックス』を上梓し、その直後に自分の経歴――スティーヴン・キングの次男であることを公表している。それまで素性を隠していたのは、自分の能力だけで勝負したかったからだという(母親のタビサ・キングも小説家)。両親とは無関係に作品が評価されたことは、その卓越した力量の証明にほかならない。

2007年12月に邦訳された『ハートシェイプト・ボックス』は、ローカス賞の処女長編部門を受賞したユニークなモダンホラー。ロックスターのジュード・コインはネットオークションで"幽霊の取り憑いたスーツ"を落札するが、その幽霊はジュードが捨てた女の義父クラドックだった。催眠術師だったクラドックはその能力を活かし――時には実体化して――昼夜を問わずジュードを追い詰めていく。愛人とともに旅に出たジュードは追撃を逃れることが出来るのか? タイトルはニルヴァーナの名曲から採られており、作中にはロックの蘊蓄もちりばめられている。現代型の幽霊譚としても楽しめる秀作である。

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