チェコ文学史上の偉人
カレル・チャペック
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ロボットの製造工場で反乱が発生し、団結したロボットたちは人類抹殺に向けて動き出した。機械文明の発達に懐疑を示した歴史的名作。 |
カレル・チャペックは1890年にボヘミア地方で生まれた。カレル大学で哲学を専攻し、フリードリヒ・ヴィルヘルム大学(現在のベルリン大学)を修了した後、ソルボンヌ大学留学中に造形芸術家集団に参加。1915年にカレル大学で博士号を取得し、1916年に兄ヨゼフ・チャペックとともに"チャペック兄弟"として本格的なデビューを遂げた。1917年には"国民新聞"の論説委員に就任し――後に"民衆新聞"に移籍してからも――ジャーナリストとしての活動を続けながら、小説、童話、戯曲、エッセイなどを数多く生み出した文豪である。1924年に
『クラカチット』が国家賞を受賞し、翌年にはチェコスロバキア・ペンクラブの会長に就任。1938年に風邪をこじらせて肺炎で死亡した。ちなみに兄のヨゼフは画家兼作家であり、1945年にナチス・ドイツの強制収容所で死亡している。
SF作家としての横顔
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赤道の島で発見された"山椒魚"たちは、人類の労働を肩代わりさせられる。しかしある日……。人間の愚行をシニカルに描く風刺小説。 |
チャペックの業績は多岐に渡っているが、人語を解する山椒魚を描いた
『山椒魚戦争』、世界で初めて「ロボット」という言葉を使った戯曲
『ロボット(『R.U.R.』)』などはとりわけ有名だろう。ジャーナリストにして批評家でもあったチャペックは、戯画文学としてのSFの名手でもあった。原子力を予言したとされる『絶対子工場』、原子爆弾をめぐる科学者の冒険譚
『クラカチット』なども含めて、チャペックのSFは社会の痛烈な風刺画にほかならないのだ。
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