天才的"娯楽作家"
貴志祐介が出来るまで

『黒い家』
子供の首吊り死体を発見した保険会社員・若槻慎二は、保険金を執拗に求める両親に疑惑を抱き始める。映画版も話題になった大ヒット作。
今回も著者紹介から話を始めよう。貴志祐介は1959年大阪府生まれ。京都大学経済学部を卒業後、生命保険会社に勤務しながら小説家を志し、1996年に『十三番目の人格(ペルソナ)――ISOLA』で第3回日本ホラー小説大賞の佳作を受賞。翌年には『黒い家』で第4回日本ホラー小説大賞を獲得した。『クリムゾンの迷宮』『天使の囀り』『青の炎』などのヒット作を連発し、2005年には『硝子のハンマー』が第58回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)に選ばれている。

この著者をジャンルや手法で語るのは難しいが、極めてハイレベルな"決め球"を複数持ち、登板のたびに組み立てを変えるタイプだとは言えるだろう。リーダビリティの高い文章、奇抜なアイデア、巧みな人物造形などの配分を使い分け――1作ごとに趣向を大きく変えながらも――常に多くの読者を魅了してきた天性のストーリーテラーなのである。

熾烈な生き残りゲームと
現代版『罪と罰』

『クリムゾンの迷宮』
"火星の迷宮"に拉致された9人の男女は、主催者の仕組んだ生き残りゲームに身を投じていく。最後に残るのは誰なのか?
文庫書き下ろしで発表された『クリムゾンの迷宮』は、独特の感性に彩られたキッチュなデスゲーム小説である。失業中の中年男・藤木芳彦は、深紅色の奇岩が連なる異様な場所で目を覚ました。傍らの携帯ゲーム機には「火星の迷宮へようこそ。ゲームは開始された」というメッセージ。藤木は同じ境遇の8人に出逢い、生き残るための殺し合いに巻き込まれていく。死闘を強いられる人々の姿は悲劇的なものだが、全編が乾いたタッチで綴られており、感情や情緒よりもゲームへの興味が読者を引きつける。この先鋭的なセンスは高く評価されるべきだろう。

2002年に刊行された『青の炎』は――『クリムゾンの迷宮』とは対照的に――心理を軸にした物語にほかならない。母親の元夫・曾根隆司が家に居座り、家族に暴力を振るうことに憤った高校生・櫛森秀一は、奇抜なトリックで曽根を(自然死に偽装して)殺害した。しかし警察の捜査は着々と秀一に迫ってくる。知能犯を描く倒叙ミステリーにして、濃密な青春小説にも成り得ている衝撃的な傑作だ。

次のページでは『硝子のハンマー』『新世界より』を御紹介します。