西村流トラベルミステリーの誕生
新聞記者が悪夢のような目に遭った翌朝、多摩川で女の水死体が発見された。奇抜な発端と大胆な謎解きが融合したトラベルミステリーの名品 |
主人公の刑事・十津川省三は「海のエース」と称される海難事件の専門家だったが、後に鉄道関係の事件を担当するようになったという変わり種。国立の一軒家でインテリア・デザイナーの妻・直子と暮らしており、ペットは犬とシャム猫。当初は1942年生まれと記されていたが、この設定はすでに破棄されたと考えるのが妥当だろう。
西村が初めて手掛けたトラベルミステリーは『寝台特急殺人事件』だった。この作品が大人気を博したことから、十津川を主人公にした『夜間飛行殺人事件』『終着駅殺人事件』『北帰行殺人事件』『ミステリー列車が消えた』などの作品が続々と発表され――そのすべてがベストセラーを記録し――空前のトラベルミステリー・ブームが巻き起こったのである。
トラベルミステリーの代表作
高校時代の友人たちが次々に殺されていく。犯人は内部の人間なのか? その秘められた動機とは? 第34回日本推理作家協会賞(長編部門)受賞作 |
まずは記念すべき第1作『寝台特急殺人事件』である。寝台特急「はやぶさ」に乗り込んだ雑誌記者・青木は、車内で薄茶色のコートの女に興味を引かれる。高田と名乗る弁護士に出逢った直後、青木はコートの女を映したフィルムが消えたことに気付くが、高田は身に覚えがないと主張するばかりだった。やがて寝台で眠った青木は目を覚まし、車内に異変が起きていることに気付く。隣室の男によるとここは寝台特急「ふじ」の車内であるらしい。混乱した青木は車掌室に向かうものの、何者かに殴られて気絶してしまう。そして翌朝、多摩川では薄茶色のコートの女が死体となって発見されて……。
西村は謎の提示に長けた書き手だが、本作の不可解状況はとりわけ魅惑的なものといえるだろう。青木が遭遇した謎はいかに説明されるのか? ブームの呼び水に相応しいトリッキーな傑作だ。
2冊目にはトラベルミステリー・シリーズの第3作『終着駅殺人事件』を挙げておこう。「7年後にみんなで帰郷する」という約束を守るため、青森県立F高校の卒業生・宮本孝は6人のメンバーに「ゆうづる」の切符と手紙を送付するが、安田章だけは集合場所の上野駅に現れなかった。いっぽう警視庁の亀井刑事は、旧友に人捜しを依頼された直後、上野駅のトイレで安田の死体発見現場に遭遇する。「ゆうづる」からメンバーの1人である川島が消え、青森に到着した5人が安田の死を聞かされた後、川島は鬼怒川で水死体となって発見される。しかし事件はまだ始まったばかりだった。第34回日本推理作家協会賞を受賞した著者の代表作である。
ちなみに――西村は2005年に18冊、2006年に12冊の新刊を上梓している。単純計算でも月に1冊以上は楽しめるペース。力作感や重厚さとは無縁だけれど、手軽に楽しめるエンタテインメントの価値は改めて述べるまでもない。娯楽小説の世界における西村作品の役割は極めて大きいのだ。
【関連サイト】
・西村京太郎公式ホームぺージ…著者の公式サイト。ドラマや書籍などのデータベースが充実しています。