ミステリー小説/ミステリー小説関連情報

クライムストーリーの名職人

洒脱なクライムストーリーで知られる異才ジャック・リッチー。そのユーモラスにしてスパイシーな作品群を御紹介します。

執筆者:福井 健太

職人作家ジャック・リッチー

『クライム・マシン』
「妻は遠くの友人に逢いに行った」という夫の証言は事実なのか? MWA賞受賞作「エミリーがいない」を含む17編を収めたリッチーのベストセレクション。
短編ミステリーの愛好家にとって、ジャック・リッチーほど作品集が望まれた作家はいないだろう。1950年代から1980年代にかけて『ヒッチコック・マガジン』『マンハント』『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン』などのミステリー専門誌に約350本の短編を発表し、作家やマニアの支持を集めたものの、単行本は(本国で)短編集3冊と長編1冊が上梓されたのみ。日本オリジナル作品集『クライム・マシン』が登場したことは、まさしく短編ミステリー界の大事件だったのである。

ジャック・リッチーは1922年ウィスコンシン州生まれ。ミルウォーキー教員養成大学を卒業後、海軍従軍中にミステリーに関心を持ち、終戦後には実家の洋裁店を手伝いながら短編を書き始めた。1953年にスポーツ小説"Always the Season"が「ニューヨーク・デイリー・ニューズ」に掲載されて小説家デビュー。翌年からは短編ミステリーを手掛けるようになり、1982年に「エミリーがいない」でMWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞を受賞したが、1983年に61歳の若さで死去している。

『クライム・マシン』『10ドルだって大金だ』

『10ドルだって大金だ』
銀行の金庫から余分な10ドルが発見され、思いがけない事態が巻き起こる。14編を収録したオリジナル作品集第2弾。
2005年に刊行された『クライム・マシン』は代表作「クライム・マシン」「エミリーがいない」などを収めた1冊。同年度版『このミステリーがすごい!』の第1位に選ばれた名著である。洒脱なプロットと文体を備えた犯罪小説を得意とする著者は、プロの犯罪者たちが演じる悲喜劇を――歯切れの良い文章で――さくさくと綴っていく。その面白さが普遍的なものであることは、日米における評価の高さからも一目瞭然だろう。

2006年刊の『10ドルだって大金だ』は(明らかに予想以上の)前作の好評を受けて編まれた第2作品集。銀行に現れた余分な10ドルをめぐる騒動を描く表題作、妻の殺害を企てた男の末路「妻を殺さば」など、著者らしい語り口と皮肉を存分に楽しめる1冊に仕上がっている。本書は『週刊文春ミステリベストテン』の第5位に選ばれたが、2冊続けての高評価は――フロックではなく――著者の力量の証明にほかならない。

次のページでは最新刊『ダイアルAを回せ』を御紹介します。
  • 1
  • 2
  • 次のページへ

あわせて読みたい

あなたにオススメ

    表示について

    カテゴリー一覧

    All Aboutサービス・メディア

    All About公式SNS
    日々の生活や仕事を楽しむための情報を毎日お届けします。
    公式SNS一覧
    © All About, Inc. All rights reserved. 掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます