小さな挿話が醸しだす悲しみジェイムズ・サリス『ドライブ』
わずか191ページながら印象に残る小説。 |
主人公の名前もシンプル。車を運転するのが仕事だからドライバー。本名はわかりません。彼の表稼業は、映画のスタント・ドライバー。裏稼業は、強盗の“逃し屋”。冒頭、ドライバーはトラブルに見舞われています。裏稼業で仲間割れが起こったのです。命からがら逃げ出したものの、気がつくと大事な腕に大怪我を負っていました。彼はトラブルの黒幕を追いますが……。
複雑な生い立ち、スタント・ドライバーになるまでの経緯、恋人との出会いといったことを描写して、なおかつ、ギャングとの争いもある。大長編になってもおかしくないのに、191ページ。ここまで削ぎ落とせるのはすごいですね。
印象に残っているのは、ドライバーの母親のエピソード。ドライバーが子どもの頃、母親は通販でテーブルを買います。ドライバーに食事をさせるのもそこそこに、彼女はうきうきしながらテーブルを組み立て始めるのですが、やがてその表情は悲しげに変わっていくのです。たったそれだけの話なのですが、なんとも切ない。
普通ならば見せ場にするようなシーンがあっさり終わったり、大胆に省略されていたりする一方で、こういう小さな挿話が大事に描かれているところが魅力的です。