日本の国花で、さまざまな意匠のモチーフや、ヒット曲のタイトルにもなっている桜。一斉に満開になって、ぱっと散る。美しいけれど儚い花は、ミステリーとの相性もばっちり。
古くから日本人に愛されている花が咲く季節に合わせて、桜のミステリーを集めました。小説を読んでバーチャルお花見はいかがですか?
桜の樹の下には屍体が埋まっている!梶井基次郎「桜の樹の下で」(『檸檬』所収)
「桜の樹の下で」は『檸檬』所収。有名な冒頭のフレーズは、後の作品に与えた影響も大きい。 |
という、梶井基次郎「桜の樹の下で」の冒頭の一節。実際に読んだことはなくても、耳にしたことはあるのではないでしょうか?
作品集『檸檬』に収められた「桜の樹の下で」は、文庫本で3ページちょっと。とても短い小説です。なのに、強烈なイメージ――1本1本の桜の樹が根っこに人間の屍を抱えている映像――が頭の中に浮かぶのです。桜の花びらと水に浮かぶ無数の薄羽かげろうの死骸を重ね合わせる描写も印象に残ります。
病に冒され、常に死を間近に感じていた梶井基次郎。31歳で夭逝しながら、遺された数少ない作品が今でも多くの人に愛されている。その鮮烈な生のあり方は、桜の花のイメージそのままともいえるでしょう。
桜と屍のイメージを結びつけ、のちのちの作品にも大きな影響を与えたこの掌編小説。ミステリーではないですが、桜の小説について語るならはずせない作品ですね。
西行の歌をモチーフにしたミステリー北森鴻「花の下にて春死なむ」(連作短篇集の表題作)
ビアバー「香菜里屋」シリーズ第1弾。第52回日本推理作家協会賞(短篇および連作短篇集部門)受賞作品。シリーズ第2弾『桜宵』が4月に文庫になる予定。 |
有名な西行の歌の一部をタイトルにしている名作が、北森鴻の「花の下にて春死なむ」。ビアバーのマスター・工藤が、客の持ち込んだ謎を解明する「香菜里屋」シリーズ第1弾の表題作です。
4月初め、年老いた俳人・片岡草魚が、質素なアパートの自室で死体となって発見されます。死因は肺炎をこじらせたことによる衰弱死。事件性はありません。ただ1つ不思議なことがありました。草魚の部屋の窓辺に、桜の枝を挿したグラスがあったのですが、その枝には枯れた花がついていたのです。草魚が死の直前まで書いていた日記によれば、その桜は開花予想の10日以上前に咲いたことになる。新聞は「奇跡の花の下で無名の俳人逝く」という記事を載せますが……。
周囲の人に身元を偽り、故郷を想いながら帰れない悲しみを句に詠んだ草魚。彼は一体、誰だったのか? なぜ、草魚の部屋の桜だけが早く咲いたのか? 謎が解き明かされたとき、しみじみとした余韻が残ります。冬瓜の煮物や鯛の昆布じめなど、美味しそうな料理も出てくるので、花よりダンゴという人にもおすすめです。
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