ドラマでも小説でも、エリート官僚はイヤなやつ、というイメージがありませんか? 現場を知らないくせに威張ってる。杓子定規で融通が利かない。組織の利益と自分の出世を優先する――そんなありがちなキャリア像を逆手にとって、新しい格好よさを生み出したのが、今野敏の『隠蔽捜査』です。第27回吉川英治文学新人賞を受賞した話題作の魅力をご紹介したいと思います。
事件は会議室でも起こってる!? キャリアの孤独な闘いを描いた警察小説
竜崎伸也、46歳、東大卒。警察庁長官官房総務課長。現場の警察官も大変だけど、キャリアにはキャリアの闘いがある。最初はイヤなやつだと思っても、読了後は竜崎のことが好きになってしまうはず。 |
でも竜崎は言うだけのことはやる男なんです。エリートには特権とともに義務があると考えていて、その義務をきちんと果たそうとする。周りに変人扱いされても、友達がいなくても、一切気にしない。その竜崎が危機に直面したときの対処の仕方が、本書の読みどころ。
発端は、ある連続殺人事件。被害者には共通点があって、いずれも過去に凶悪な少年犯罪(強姦、殺人など)を起こし、今は社会復帰していました。竜崎はマスコミ対策を考えるため情報収集をするうちに、事件の真相をつかんでしまいます。その真相とは、警察機構を大きく揺るがすようなものでした。組織を守るために隠蔽工作をしようとする勢力に、竜崎はたった1人で対抗しようとします。そんなとき、予備校生の息子が不祥事を起こしてしまい、竜崎は公私ともに崖っぷちに立たされるわけです。
組織の一員として危機に直面したとき、何を拠りどころにするか?
毎日ニュースを見ていても、公的機関や企業の不祥事は後をたちません。しかも組織ぐるみで事実を隠そうとして、さらに傷口を広げていることが多いと感じませんか? ただ、いざ自分が属している組織が不正を隠そうとしているとわかったとき、それを止められるかというと……。上に逆らってでも、隠蔽工作を止めようとする。それを竜崎は正義感からやっているのではありません。事実をもみ消そうとしているほかのキャリアと目的は同じ。組織を守るためにあえて事実を表に出そうとするのです。竜崎が拠りどころにするのは、警察官僚としての原理原則。警察だから犯罪を許してはならないという、当たり前のこと。頑固に原則を守ろうとする竜崎が、読み終わる頃には格好よく思えます。四角四面なところが逆に愛嬌にも感じられたりして。
もしそれぞれの職業についている人が、当たり前にやってはいけないことをしなかったら、今社会で起こっている問題の多くはいい方向に行くのかも。自戒も込めてそんなことを考えてしまいました。
次ページでは今野ファンの書店員がおすすめする『隠蔽捜査』の次に読みたい本をとりあげます。