ノスタルジックな世界を美しい文章で描いた短編集
川端康成文学賞受賞作「スタンス・ドット」ほか、架空の町・雪沼とその周辺を舞台にした連作7篇を収録。<DATA>タイトル:『雪沼とその周辺』出版社:新潮社著者:堀江敏幸価格:380円(税込) |
主人公になっているのは、どこか時代の波に置き去りにされている人たち。友人が作ったこの世にひとつしかない機械、子供を亡くした母が集めているランプ、客の顔を見れば聞きたい曲がわかるレコード店員が大事にしている旧式のステレオ……彼らが愛着を持っている物の描写がいい。みんな古くて便利さとは対極にあるが、唯一無二の存在なのだ。
例えば冒頭に収められた「スタンス・ドット」のボウリング場は、ピンが倒れるときにこんな音がする。
音が均一にはじけ飛ぶのではなく、すべてのピンが倒れたあと、レーンの奥で一度、見えない大きな球になって、ゆっくり加速しながら、投げ手のほうに押し出されてくる。
この音が聞きたくて自分でボウリング場を開いた老人の半生と、廃業の日の出来事が静かに語られている。あらすじだけ説明すると地味な話なのに、文章が美しいので退屈しない。上等の日本酒のように、芳醇かつ後味がベタベタしないラスト一行も見事!
温泉など日常の喧騒を離れた空間で、少しずつ楽しみたい1冊だ。
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タイトル:『雪沼とその周辺』
出版社:新潮社
著者:堀江敏幸
価格:380円(税込)
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