あなたが素っ裸で来てくれるなら、どうぞ
著者が愛したのは、店の雰囲気であったり、従業員の気配りであったり。山口瞳氏の名著『行きつけの店』は必読! |
と聞くと、いったいどこで見つけてきたんだと質問されることが多いが、実はココ、昔お世話になったFさんがやっている。カウンター5席しかないこぢんまりとしたお店で、僕のようにかつての部下や、昔の知り合いが来れば、すぐに満席になってしまう。
Fさんの口癖は「借金して始めてないから、飽きたら明日にでも店を閉めれる」だった。ここをかつての仕事仲間との憩いの場と位置づけ、お金にならない僕のような客でもいつも、ニコニコ迎え入れてくれた。
Fさんは元々、小さな出版社の社長で、僕と同じ雑誌編集者だ。ここでは、「客とマスター」の関係ではなく、いつまでも「社長と社員」の関係。食材が足りなくなれば、コンビニまで買い出しに走ることも多い。気取らず、見栄も張らず、僕が心から素直になれる、そんな場所だ。
かつて僕は、Fさんから「編集とは、人と人とを繋げる仕事」だと教えられた。ここは、店主の「編集」への興味がモロに剥き出しになっている。言い換えれば、「編集」への興味がない客が来ることは、皆無に等しいと言っていい。
このように、行きつけの店で人生を学ぶには、自分の人生観やライフスタイルはいったん忘れ、素っ裸になるべきである。気に入ったお店の常連になりたいなら、まず自分から全裸を見せることが不可欠である。
店側もそれを分かっていて、無理に一見さんを呼び込もうとはしない。あなたが素っ裸で来てくれるなら、どうぞ。といったスタンスだ。