音楽への入り口

――レイ・ハラカミさんの紹介文をネットで検索してみると・・・96年のFlare(Ken Ishii別名義)のリミキサーがデビューと書いてある事が多いのですが、このリミックスをされたきっかけは?

1996年にFlareのアルバムをリリースしていたSublime Recordsにデモ(ファーストアルバムの3分の1が入ったカセットテープ)を送った事がそもそもの発端です。デモを送って1週間もしないうちに、Sublimeの山崎マナブ氏から「リリースしたい」という話があって狂喜していたわけですが、その数カ月後、まだ電話でしか話した事のなかった山崎氏から「リミックスやってみる?もちろん良くなかったら没なんだけど…」と言われて、ダメ元で作ってみたら、なぜかリリースされたのです。という単純な経緯でリミックスが公でのデビューとなってしまったわけです。

――音楽への入り口は? そして音楽家を生業にしようと思われたのはいつ頃なのでしょう?

一番最初は、情操教育オタクだった親に嫌々ながらヤマハ音楽教室に通わされておりました。でも、楽譜通りに楽器を弾く事に興味を持てなかった(要するにヘタクソだった)ので、実質的には家にあったマイク付きカセットテープレコーダーに色んな音を吹き込んで遊んでいた事の方が、今やっている事と深く関係していると思います。23歳辺りで初めて自分のお金でDTM環境を整える事が出来て、そこからバイト感覚でセルビデオ等の為にありきたりのBGMを作ってました。25歳辺りで、お金を稼ぐ仕事として音楽を生業にしようと考えていたように思います。手に職がそれしかなかったので。そう考え始めた途端にSublimeからリリースが始まるわけですが、なんともおかしな感じです。

音楽歴

――所謂、エレクトロニカという範疇でレコード店とかでは並ぶであろうハラカミさんの作品ですが・・・どこにも属さないがいろんなものが混じったような作風と感じます。ハラカミさんのバックボーンとなった音楽にとても興味があります。

どこにも属したくなかったわけではありませんが、結局はどこにも属せないのかなと考えてます。10代からの音楽遍歴は以下。常にリアルタイムで音楽をインプットしているわけではないので、時系列はめちゃくちゃです。

オフコース→YMO/Japan→King Crimson/Yes→XTC→Material→Robert Wyatt/Soft Machine→Henry Cow/Slapp Happy→Brigitte Fontaine→Reich→Debussy→Monpou→The Beach Boys/Van dyke Parks→The orb→A Tribe Called Quest→Ken Ishii→Aphex Twin→Stina Nordenstam→Antonio Carlos Jobim→Bach/Handel→Moody Mann→Suzukiski→Sheila Chandra & the Ganges Orchestra→Suppa Micro Pumchopp→Jim O'rouke→くるり→Number Girl→Radiohead→Kraftwerk→Transmat→七尾旅人

どこかのHPと似たような情報が載っていると思いますがご了承下さい。

京都に住む理由

――僕自身は京都出身なのですが、ハラカミさんは広島出身ながら京都に住みついてられますよね。京都のどこに惹かれたのでしょう?

僕は18歳の時に学生として広島から京都に移って1人暮しを始めたのですが、やはり今でも"よそもの"という感覚があります。ずっと住み続けているのは、東京で高い家賃払い続ける為に仕事を増やすよりはいいかなと思ってるだけだったりします。それと無理矢理にシーンをねつ造しようとする"メディア"がほとんど無い事は気が楽ですし、それにも関わらず、モノを作っている人間が多いのは、とても勇気づけられます。