――他のバンドとの交流は? 京都、名古屋、東京などでツアーもされていたようですが、どんなバンドと共演されていたですか? 動員数は結構あったのでしょうか?

シングルの発売でツアーをしましたが、東京はゼルダのオープニングアクトという形で出させてもらったので、ゼルダファンでいっぱいでしたね。京都の磔磔などで、スターリンや非常階段などと一緒でしたが、大体、私たちネオマチスは1番目ということが多くて、伝説の阿鼻叫喚ライブ(笑)などは私は見ていないのが残念です。そのほか、ウルトラビデのヒデさんとは今でも付き合いがあります。そのほか変身キリンなども一緒のことが多かった記憶があります。スターリンのメンバーの方は東京のライブには遊びに来てくれていましたね。数年前お互い知らずに友達になったのがサボテンの松本さんです。昨年末には2人でソロ対決ライブ「M&M SOLO DE DODA」をしました。また、2002年にMemiのソロライブのときには、Phewのバンド(MOST)のベースの西村雄介さんが参加してくれていました。

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――2003年12月にCD化されたアルバム『ネオマチス1982高野山』は、1982年に高野山九度山スタジオにて録音された未発表音源との事ですが、リリースに至らず解散してしまったのは、どのような理由なのですか? 音源は、温めていたのですが、それとも偶然見つかったのですか?

録音は解散後なんです。解散は単純にあきたんだと思います(笑)。当時、解散したのになぜ録音したのかは、よく覚えていないんですが、基本的にバンドとはいいつつもみんな友達同士だったので、遊びがてら九度山ヘ行ったというのが本当のところかなと思います。スタジオを借りてくれて、準備をしてくれた順が音源を8トラックのアナログテープで保管していたんですが、順がアナログからデジタルに変換する機器を手に入れたことからリリースという話になりました。

――ネオマチスとしては、正式リリースは、自主制作シングル『No Chocolate』(1981年)だけですが、これは、今回のCDのヴァージョンと同じなのですか? チョコレートをマスプロダクトとして皮肉った、アンチ・コマーシャリズムがメッセージと受け取ってもいいのでしょうか?

シングルとアルバムではヴァージョンが違います。ネオマチスは物質文明に対するアンチメッセージの歌詞が多かったと思います。「322」などは地球温暖化の歌ですし。

――歌詞の端々にも出てきますが、サウンドは、当時の日本のニューウェイヴとしては、異色とも言えるサイケデリックな感覚にあふれていますね。イギリスで流行っていたネオ・サイケともまた違う、ダークではない、どちらかと言えば、アートなポップ(この辺がトーキング・ヘッズ的かと・・・)だと感じましたが、如何なものでしょう? 8曲目の「パズルメッセージ」(一番好きです)という曲を聴いて、こんなニューウェイヴ的ファンクなバンドが大阪に居たんだと、素直に驚きました。

私も他のメンバーも基本的には黒人音楽が好きというのが下地にあります。なので、トーキング・ヘッズの黒人音楽への憧れというところが琴線に触れたんだと思います。

――2曲目の「John Is The God」は、1980年12月8日に凶弾に倒れたジョン・レノンへ捧げた歌ですね。やはり、ビートルズではジョンで、サイケデリック時代のビートルズに共感があるのでしょうか?

ジョンの平和への思いが共通するところです。ビートルズに直接的な影響はうけてはいないですね。