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「ハード・バップ」って、なに?

「言葉」と「音」をより密接に結びつけるガイド流ジャズ用語解説。音楽をより深く、広く楽しむために。今回は「ハード・バップ」(hard bop)を徹底解説。

執筆者:鳥居 直介


最新音楽用語事典
最新音楽用語事典
音大生なら楽典と並んで誰もが持っている音楽用語辞典。でも、これを読んでわかる人ならわざわざ引く必要はないだろう、という話もある。

ジャズ用語は難しい?

「スウィング」「アーシー」「モード」……ジャズには難しそうな「ジャズ用語」がたくさんあります。また、ジャズ用語集に類したものは書籍でもネット上でも、多数出回っていますが、それらを読んでもいまひとつピンと来ないことが多いと思います。

ジャズ用語はどうしてわかりにくいのか。その理由はいくつか考えられますが、一番大きな理由はそもそも「音楽を言葉で説明すること」の不可能性にあるのではないか、と私は思います。

ジャズ用語や理論は、ジャズ(=音楽)がなければ存在しません。用語や解説、説明は、常に「後付」なのです。ですから、言葉による説明を読んだだけでそれが指し示すモノ=音楽を理解することはできない。考えてみれば当たり前のことなんですが、この点を勘違いしてしまうことって、案外多いんですね。

ですからここでは、ジャズ用語の厳密な定義は行いません。もちろん、用語集とか辞書には厳密な定義が必要だと思いますが、大切なことはその言葉に含まれている様々なエッセンス(音楽スタイル、時代背景、代表的なミュージシャンetc)を知ること、そして何より、その言葉が指し示す音楽を数多く聴くことではないかと思うのです。

音楽と言葉の間に架け橋をつなぐ、そういう用語解説になればうれしいです。

ビバップとハード・バップ

今回解説するのは「ハード・バップ」(hard bop)。タイプ別「はじめてのジャズCD」vol.1「これぞジャズ!」でも少し解説しましたが、演奏を聴けば誰もが「あ、ジャズだ」と感じるジャズの王道といってもいい演奏スタイルを表わす言葉です。まずはその歴史背景を簡単にみてみましょう。

ハード・バップの歴史を理解するにはまず、その前史としてのビ・バップ(be bop)を理解する必要があります。ビ・バップは1940年代~50年代初め頃まで、ハード・バップは1950年代半ばから60年代に隆盛を極めたジャズのこと。中心となったのはいずれもニューヨークの音楽シーンで、多くの黒人ミュージシャンがその牽引役となりました。

ここで注意していただきたいのは、「ビ・バップからハード・バップに進化した」とは考えないようしてほしいということ。そのような書かれ方をした本もたくさんありますし、そう考えることは間違いとは言い切れません。けれど、「歴史に登場した順番」と「どちらが優れているか」は本来関係のないことです。

他のあらゆる分野に言えることですが、こと音楽の場合、「優劣」を持ち出すと途端に話がややこしくなります。とりあえずここでは「ハード・バップ以前にビ・バップがあった」ということを押さえていただきたいと思います。

ビ・バップの徴候「音楽のスポーツ化」

さて、ビ・バップの詳細については文末にまとめた過去の記事をご覧いただくとして、ここではビ・バップという音楽が持っていた1つの徴候にのみ、触れておきたいと思います。

一般的な音楽史において、ビ・バップの誕生は「西洋音楽史上の大革命」と位置づけられています。また、当のミュージシャン達もその自覚を強く持っていたようです。では、何が「革命的」だったのか。あえて強引に一言でまとめるなら、「和音と旋律の抽象化による、アドリヴの可能性の解放」となるでしょう。ビ・バッパー(ビ・バップを演奏するミュージシャン)たちは、「音楽理論上使える音を全部使ってみよう」という実験精神のもと、即興演奏を行うということを歴史上初めて、集団的に実践した人たちなのです。

和音と、それを解釈する理論にしたがって即興でメロディを作り、独特のリズムに乗せて演奏する。こうしたジャズの基本スタイルはこの時期に完成します。ただし、これらの要素はビバップ期に「完成」を見た、というだけであり、実は「ビ・バップ以前」にも存在しましたし、「ビ・バップ以後」にも着実に受け継がれていくこととなります。

一方、ビバップには、それ以前・以後にはあまり見られない、1つの徴候も持っていました。菊地成孔はその著書『東京大学のアルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・歴史編』において、その徴候を「音楽のスポーツ化」と呼び、以下のような趣旨の解説を行っています。

ビバップ時代にほぼ完成したジャズのアドリヴ理論は、それまでにない普遍性を持っていました。「理論の普遍性が高い」ということは、「それを学べば誰でも同じことができる」ということを意味します。同じ理論(ルール)を共有して初めて「競争」が成立するわけです。かくして、ジャズミュージシャンは次第に、「より速く、より複雑な」演奏を競い合うようになったのです。

音楽演奏においてこういった「スポーツ的な徴候」はビバップ以前には存在しませんでした。そして、ビ・バップで盛り上がったこうしたスポーツ的な徴候は、ビ・バップ以降のジャズにおいては、次第に発展的解消を見せ、影を潜めていくことになるのです。

次ページでは、珠玉のハード・バップ名盤を通してその特徴を解説!
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