さて、今回はロックファンのための「はじめてのジャズCD」。どちらもアメリカという国家・風土が育んだ20世紀の音楽の鬼子。互いに影響を与えあいながら、多様な発達を遂げてきました。
※amazon.co.jpにあるCDは、ジャケ写にリンクしています。
ジャズとロックの融合?
前回に続いて帝王・マイルスにご登場いただきました。「ジャズとロックの融合」というテーマでは、必ずと言っていいほど登場するのが本作『Bitches Brew』。タイトル曲「Bitches Brew」はモーダル(modal;基本的にコードチェンジのない楽曲のこと)なアプローチで、とっつきにくい感もありますが、「spanish key」「Pharaoh's Dance」などは、スピード感、ドライブ感ともに、ロックファンを唸らせる出色の作品であることは間違いないでしょう。
ただ、本作が「ロックファンのためのジャズ入門盤」になりうるか、というとどうだろうか。私は以前からこの点には疑問を持っていました。
たしかに『Biches Brew』は、ジャズにロックのビート感を取り入れ、エフェクターをつないでひずませたエレキギターのサウンドによって、「ロック的なサウンドを持ったジャズ」を実現しました。
でも、ごく一般的なロックファンが聴くには「敷居の高さ」は否めない。なぜか。それはおそらく、マイルスが「ジャズミュージシャンとしての矜持」のようなものを、(この時点では)強く持ち続けていたからではないか、と私は考えています。
本作の音楽的クオリティの高さは疑いようがありません。『クールの誕生』や『'Round about midnight』などで見られた巧緻な構成こそ見られませんが、演奏全体にみなぎる緊張感はマイルス・バンドならではのもの。しかし、誤解を恐れず言うなら、こういう「緊張感」、もっというなら「クオリティの高さ」そのものが、ロックファンには嫌われがちな音楽要素ではないか、と思うのです。あえて音楽的な表現をするなら、リズム的にも音程的にもアウトしていないということが、このアルバムからロックのニュアンスを奪っているのかもしれない、と思うのです。
エレクトリック・マイルスの終着駅
そういう意味では、同じマイルスでもこちらの『You're Under Arrest』のほうがロックファンにはおすすめできる内容になっています。一言で言ってしまえば、『You're Under Arrest』のほうがはるかに聴きやすく、わかりやすい、のです。
1969年『Bitches Brew』と1985年『You're Under Arrest』の間には実に16年の月日が流れています。「聴きやすくなった」理由の1つは、マイルスがそれなりの年齢になった、ということも作用しているでしょう。しかしこの時期のマイルスにおいて無視できないのは70-75年の約5年間に及ぶ活動休止期間の存在です。この間の出来事はマイルスの自伝を読んでいただくのが一番ですが、ともかくこの時期、マイルスの内面に多くの変化が生じたことは疑いありません。
『You're Under Arrest』については、「こんなポップなマイルスは許せない」という人も少なくありません。5年間の活動休止の間に、マイルスは「ジャズの進化への矜持」を失ったのだ、というわけです。
そういう人の気持ちもわからないではありません。でも、ジャズの進化への思いが変わったとしても、マイルスの音楽を愛する、パフォーマーとしての矜持はむしろこの時期、強まっているように私は感じます。
彼が自伝で述べている「1人でも多くの黒人の子どもたちに、俺の音楽を聴いてほしかったんだ」という言葉を思うと、マイルスのこうした仕事を否定することは、私にはできません。マイルスの思いに従うなら、『You're Under Arrest』でのマイルスこそ、その音楽の終着点だったのではないか、と思うのです。
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