競馬/競馬関連情報

あなたのそして私の夢が…杉本清

あの「菊の季節にサクラが満開~!」など数多くの有名なフレーズを生み出した競馬実況中継職人、杉本清。もともとは「アナウンサーになるつもりなどサラサラなかった」そうです。

執筆者:十時 龍一

競馬のTV観戦に欠かせない実況中継。そこに名フレーズを織り込み、私たちをロマンの世界へと誘ってくれる職人がいる。杉本清、その人である。最近、直接実況は少なくなり“江川卓とハズレ予想をしてるオっさん”というイメージが強いかもしれない。しかし、あの臨床感あふれる語り口を超えられるアナウンサーは、いまだ出現していない。

昭和12年生れ、当年64歳のはずである。それでも実況になると「まあだまだ若いモンには負けられん」といった気持ちが伝わってくる。そんな杉本氏だが、小さい頃は引っ込み思案の暗い性格で喋るのも苦手、将来の夢は新聞記者という普通の子供だったらしいが、オリンピックなどのスポーツ中継を(ラジオで)聞くのが好きだったそうだ。そこいらに今の片鱗らしきものを秘めていたのかもしれない。

転換期は大学(関西学院)時代に訪れた。なにげに入部した放送研究部で「何がやりたいのだ?」と問われ「とりあえずアナウンサーで」と答えた時からだった。奈良出身の杉本氏は当時から「言葉のアクセントがおかしい」と言われていた。それでも慕っていた先輩がいたおかげで、なんとか部活動はこなしていったらしい。学年が上がり(既にこの頃から)「美辞麗句が多すぎる」などと言われながらも、アナウンスの経験を積んでいく。ある程度自信もつき、周囲からも認められると「ひょっとしたらいけるかも」と手ごたえを感じられるようになり、卒業後には就職先として放送関係を意識するまでになったそうだ。人生どこで変わるか、わからないもの。

当時はTVの開局ラッシュで、関西テレビにアルバイトとしてもぐり込んだ杉本氏は大道具・小道具兼雑用係として働きはじめる。そのまま大学を卒業すると編成課へと配属された。秋になって社員登用試験にチャレンジしてみるがあえなく沈没。しかし一年後に軽い気持ちで受けたアナウンサー試験に合格し、昭和36年に念願のアナ人生がスタートしたのだった。そして1ヵ月の研修期間中に新人としていろんなところへ連れていかれる。その中のひとつに競馬中継見学があった。先輩から許しをもらって恐る恐る馬券を買ってみた杉本氏、幸か不幸かビギナーズラックに遭遇してしまう。

「こんなおもしろいものが世の中にあったのかあああ!」
初めて行った競馬場で、数時間後に競馬の魅力にとりつかれ、それ以来30数年というスジ金入りの馬券オヤジに変貌していった瞬間であった。
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