歌舞伎/歌舞伎関連情報

義経をめぐる人々 義経千本桜 その4(4ページ目)

先月、5月、6月、7月と、東京・歌舞伎座では『義経千本桜』が上演されている。といっても、すべての段を通して上演しているのではなく、他の演目と合わせて、見どころの多い段を月替わりで上演している。

執筆者:五十川 晶子

<すし屋>

権太の父・弥左衛門が営む鮓屋が舞台。維盛は弥助と身をやつして匿われている。弥左衛門の娘・お里の積極的な維盛へのアタックが面白い。「月も出たから早く」と、せかすところが可愛くて正直で、逆にこの後弥助の素性が知れたときのショックが大きいことが伝わってくる。ただ配役によってはワルの権太が結構カッコイイので、なぜ弥助がそんなにモテるのかよく分らないときもあるのだが。
権太は勘当中の身だが、実は親に勘当を解いてほしかった。何かの役に立ちたかった。女房・息子を犠牲にしても、父がかつて恩を受けた平家のためになりたかった。なのに結果は裏目に出た。事情を知らない弥左衛門が怒りのあまり、権太を刺したのだ。刺されてもしかたないと思いながら死ねればまだいいが、その死さえ無駄だったと思い知らされるのが、この狂言の作者たちの人の悪いところだ。

頼朝の重臣・梶原景時といえば、嫌なヤツと当時も相場が決まっていた。だからここではあえて、物の分った、歌の得意な、見識ある人物として描かれる。だが本当は、身替り首を維盛のものだと検分し、頼朝からの陣羽織を置いていくという一芝居を打つのだから、大した人物である。

とにかく偽だろうがなんだろうが、維盛は首切られた。その事実を持って景時一行は鎌倉へ戻る。そしてお里の真剣な恋も終わってしまう。
弥左衛門はかつて平重盛に助けられたという恩がある。その恩は必ず報われなければならない。維盛の危機に際して、「息子の無駄死に」という恩返しが必要だった。戦いに巻き込まれた市井の一家という側面を感じずにはいられない。
なんともいいようのない、ちょっぴり辛い後味の段である。
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