●役者一人一人がイキイキと。
S あとね、野田作品って、群衆や彼らによる”世論”みたいなものの怖さを描くことがよくあるけど、今回もあったよね。敵討ちをギャラリーの感覚で期待する”客”としての群衆。彼らの表情が一人一人よく見えるという点で、あの高低差のある道の舞台は効果的だった。
K また、古典の歌舞伎とはまた違う意味で、一人一人の芝居がしっかりわかるんだよね。義太夫狂言とかだと、主人公が演技中は動かないのが周囲の役者達の鉄則じゃない?もちろん、ハラや性根があってこその「不動」なんだけどさ。それが野田歌舞伎では、みんながそれぞれその役で舞台で生きているのが分かりやすい。台詞も最初こそ「聞いたか聞いたか」で揃って言うけど、あとは結構バラバラだったり。そういう形の”アンサンブル”って歌舞伎ではあまり見られない。だからそこが一番新鮮に見えるよね。三階さんと呼ばれる一門のお弟子さんたち若い役者をひいきにしているファンだったら、ああいう演出はかなりうれしいと思う。
S 今回もあの有名な”ダンスシーン”があったけど、どうよ。
K あれ、歌舞伎の「だんまり」じゃない? だんまりってゆったりしたお囃子に乗って、数人がスローモーションで動くのが基本。暗闇の中を宝物があっちに渡ったりこっちに渡ったり、仲間同士打ち合いになったり。それを観ている客だけがその動きの美しさをゆったりと楽しみながら、何が起きているか知っているという状況なんだよね。
野田歌舞伎の「だんまり」は、とにかくスピーディ。振りが速い。四倍速くらい。かつ、最後には全員揃ってダンスだし。
S 「だんまり」の構成要素をいったんほどいて、また再構築してるってことかもね。
あとさ、辰次が家老をわなにかけようとからくりを職人に作らせるところがあったじゃない? あれも、職人というプロ集団に対する作り手の視線が感じられる。芝居の現場って歌舞伎でも現代劇でも同じだろうけど、プロの世界だよな。
十八代目勘三郎襲名披露制作発表より |