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独特の”リアリティ”が魅力 待ってました市川海老蔵襲名!(2ページ目)

もうご覧になりましたか?十一代目市川海老蔵襲名披露興行。東京では5,6月と行われます。クラシックなのにどこか現代的。その魅力を解剖します。

執筆者:五十川 晶子

●聞くこと、受けること、間、そして語尾
一般に、役者は広い舞台に立って大勢のお客を相手に演じます。なのに、「彼/彼女は、今私に話しかけている!」と思う瞬間があり、それは感動に直結します。舞台で起こっている問題が、時分の問題のように感じられることもあります。舞台の人物たちがまさに舞台という世界で生きているという実感です。
舞台に立つ役者の演技の基本として、よく「相手の話を聞く。受ける」ということが言われます。この基本が真摯に、忠実に行われている舞台というものは、それだけでかなり面白かったりします。これは特に近代以降の演劇に言えることかもしれません。

近世に誕生した歌舞伎には、多くの狂言に型や様式というものが厳然としてあるわけで、あまりリアルに「聞いている」「受けている」という演技と相容れないことも出てきます。その方が舞台が絵のように美しく、さらにまた代々継承していくため、といろいろ理由があるのだと思います。激しい対話シーンがあったと思うと、スルッと様式を優先した場面になるなど、その転換すらも歌舞伎の魅力の一つなのかも、と思います。
ですが、これがうまくいかないとき、客は舞台上で行われている言葉は悪いですが”段取り”を見せられている気になることもないとはいえません。美しいけれど心がこもっていない感じというか。もちろんあえてそうするケースもあると思いますし、人によっても何を感じたかは異なるでしょう。また何を良しとし、悪しとするかは、ここでは触れないことにします。

そういう視点に立ったとき、海老蔵は様式を体現しながらも、瞬間瞬間の演技に「リアル」が潜んでいるような気がするのです。つまり、腹出しどもでも、悪玉の頭領である清原武衡でもいいのですが、「相手の言い分を全身で聞いている」のではないか、ということです。
お芝居の基本である対話が成立しているわけです。その舞台に一緒に観ている自分も立っているような、事件を一緒に体験しているような、そんなリアリティです。新之助時代から、海老蔵の芝居にはそれを強く感じ、同時に「面白かった!」という感動につながってきました。

なぜそう感じるのか。
表情や、姿、ちょっとした挙措、そして台詞の間。海老蔵のこういうものすべてが渾然となって、花道に立つ権五郎は、舞台中央の悪玉たちと競り合っているように思えます。
また、
「うるせえ、いやだ。にらみ殺すぞ」(権五郎景政)
「頭に頂く兜巾はいかに」(『勧進帳』富樫左衛門)

など、相手に台詞を渡す際、「ぞ」や「に」の最後の語尾が下がらず、上がったままになっているのも、海老蔵の台詞回しの特徴ではないかと感じました。もちろん、筆者が観た舞台に限ることですが。それゆえに、相手に投げかけている感じがより強く出るのではないかと想像します。
おそらく台詞回しや声の出し方などについては、役者一人一人の身体性にも関わる問題ですから、それぞれいろいろ事情もあるのでしょう。このことがよいことなのか悪いことなのか、筆者には分かりません。(海老蔵が尊敬するという役者の一人である十五代目市村羽左衛門の台詞回しを思わせる、といえばいえないこともない。筆者はもちろんビデオでしか知りませんが。)
ただ、筆者にとっては非常に新鮮で、聞きやすいのは確かです。
特に『勧進帳』は弁慶と丁々発止の命をかけた問答の場なので、その効果が一際感じられるのかもしれません。
「写実」ではないけれど、そこにドラマが起こっている。その瞬間に立ち会ったような気がする、という「リアリティ」。これは演劇のジャンルを超えて、「面白い芝居」に共通することじゃないかと思うのです。
どこまでも筆者の個人的見解ですが、このことは新・海老蔵の強みにすらなるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。あの同性をもドキドキさせるような美貌に、若々しい肉体、そして太く伸びやかな大きな声。それら身体性の優位にあいまって。


「スター誕生!」の瞬間に居合わせたような、そんな非常にうれしい気分を味わった5月の襲名披露興行でした。



襲名披露興行の記者発表の一幕
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