義太夫狂言の懐の深さに魅入られて
義太夫狂言と世話物では、義太夫狂言の方が解説すべき内容も多そうだし、その分作業量が多いような気がするのだが。
毎月いろいろな演目を解説しなければならないわけだが、やはり好きな演目、好きな役者というのはあるのだろうか。
「僕はとにかく義太夫狂言が好きです。播磨屋さん(中村吉右衛門丈)の芝居を観て影響受けてこの世界に入ったようなものですから、それもあるかもしれません。やはり解説する立場としても、自分の観劇のレパートリーに入り込んでいるかどうかは大きいですね。たとえば世話物などは僕にはまだまだ難しい。十分味わいきれていないと思うんです。江戸の時代が、芝居が体にしみこんでいるような状態になってからでないと解説しきれないと思うんです。『ここは黙阿弥の七五調で』なんて説明したところでどうしようもないでしょう。世話物はとにかく難しい。世話物だからこそ、イヤホンガイドを使いたいといってもらえるような解説ってどういうものなのか。まだ僕には分かりませんが、いつかは世話物をサラッと解説できるような達人になりたいとは思いますね」。
おくださんは義太夫狂言の魅力について熱っぽく語り続ける。自身も義太夫を習っている最中だ。
「義太夫の持つ言葉のドライブ感が好きなんです。古い時代のもののようでいて、世話物よりもはるかに時代性に左右されないですし。二月の歌舞伎座の『義経千本桜』などもそうですね。主従関係の芝居と見るか、反戦の芝居と見るか。毎回いろいろな見方ができると思うんです。とっつき辛いと思われることもあるジャンルですが実は非常に面白い。それを伝えたい。イヤホンガイドがそれをできればと思うんです」。
「アンチ派と敵対しないで。マナー守ってもらえれば」
イヤホンガイドはどちらかといえば歌舞伎初心者向けであるが、アンチ・イヤホンガイド派もいるようだ。イヤホンとレシーバで1セットだが、たとえば筆者はレシーバ本体からイヤホンが時々抜けるのが気になる。それもいい場面で静かに集中したいときに限って、(みなさん舞台にうっとり集中していて手がおろそかになるのか)ガチャーンガチャーンと各階で本体を落としている音がし始める。そのときイヤホンを使っていない客としては「あーあ」である。音漏れが気になることもあるが、「音下げてください」とは言いにくい。
おくださんは、「そうなんです」と苦笑しつつも「イヤホンのユーザーが劇場で悪者になるのは避けたいまずね。お客さんにお願いするのもどうかと思いますが、やはり、まずはマナーを気にしていただきたい。隣の方に音漏れしていないかちょっと確認してみるのはどうでしょう。イヤホンガイドを使っている人とそうでない人が知らず知らず敵対視しているような状況は悲しいですからね。それも本番中でしょう。皆さんにイイ雰囲気で観劇してもらいたい。もちろん器具自体の問題もあるわけですけど」。
そしてあえて、イヤホンを使わずに楽しめたらそれにこしたことはない、という。「この仕事していて矛盾してるけど。だからたまには使わないで観てみたり、場面によっては音を切ったり、いろいろ自分で使いこなしてほしいです。借りたからといってずーっと聴いていなくてはならないわけじゃないですから」。
歌舞伎への恩返し。古典芸能のパワー
さてそもそもおくださんと歌舞伎の出会いは?
「元々お婆ちゃん子で、よく一緒にテレビで劇場中継を見ていました。もちろん分からないしまじめに見てなかったけど。大学に入って上京したころに祖母が亡くなり、急に『ああもっと祖母に付き合ってあげればよかったな』と。その頃から時々観劇していましたが、分からなくて寝てしまったり。その後アメリカを放浪しましてね。ちょっとブランクがあり20代半ばからまた観始めたんです。掛け声かけたりしましたね。同じ演目がいろいろな観かたができるのが面白くなって。義太夫狂言が好きだけど、やっぱり一番好きなのは『勧進帳』かな」。