鮨屋という設定が面白く、かくまっている維盛の代わり首を見つけて手際良く斬り、鮨桶に入れるのは実は権太の父親の仕事。縁起でもないたとえだが「ナマモノ」をうまく処理する手際は鮮やかだったに違いない。生首と鮨の生臭いイメージを重ね合わせたのは原作者の意図なのだろうか。
ふだんあまり語られないが、この父親の過去の因縁もすごい。維盛の父・平重盛に、海賊まがいの行動を無罪方面してもらった暗い過去がある。権太を見る眼には自分の血の因縁を感じていたのだろう。
「河連館(四ノ切・しのきり)」
この『義経千本桜』の四段目のキリがこの場。この場の主人公はなんときつねだ。「義経」という文字に「キツネ」という音を読みこんであるとも言われる。頼朝に追われた義経は、みちのくへ逃避行を続ける。愛人の元・白拍子・静(しずか)を吉野へ置き去りにして。その護衛を務めるのが義経の側近・佐藤忠信。のはずが、なんと狐が化けた忠信が登場。静が舞いに用いる「初音の鼓」に使われているのが狐忠信の父母だったのだ。
父母をしたって静を護りながら、無事義経の下へ到着するが。ちょっとけれんみあるこの「四の切」。狐のような振りやしかけたっぷりの舞台も面白い。おしまいには、僧・覚範のなりをして隠れていた平教経(のりつね)を見つけ活躍するのだ。
兄と不仲の義経。父母を慕うけなげな狐。源平の合戦の裏話ともいえるこの長い物語の最後を締めくくるのがなんとも不思議な狐の物語というのは、『義経千本桜』を貫くテーマをあえて見つけるとすれば、実は家、親子、兄弟、という切っても切れない縁にありそうだ
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。