歌舞伎/歌舞伎関連情報

より深い悲劇を追求して 名作「熊谷陣屋」を見逃すな。(4ページ目)

10月の歌舞伎座の舞台では、「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」の「熊谷陣屋(くまがいじんや)」の幕が上演される。

執筆者:五十川 晶子

●歌舞伎を救ったのは?
ところで当時活躍していた歌舞伎役者の名前をみてみると――

七代目松本幸四郎(まつもとこうしろう)
初代中村吉右衛門(なかむらきちえもん)
六代目尾上菊五郎(おのえきくごろう)

――など、名優達ばかりである。中でも吉右衛門と菊五郎は「菊吉時代」と呼ばれるニ大スター。菊五郎が踊りや世話物を得意とし、吉右衛門は時代物を得意とするライバルでもあった。

ところが総司令部の検閲や上演禁止の憂き目に遭うのは時代物ばかり。吉右衛門の得意とする演目ばかりだったのである。

その吉右衛門を「救った」ともいえるのが、フォービアン・バワーズという男だ。来日当時28歳の陸軍少佐である。最高司令官ダグラス・マッカーサーの副官として日本語通訳を務める側近であった。彼はまた熱心な歌舞伎ファン、歌舞伎の研究者でもあった。上演を規制されていた歌舞伎の全演目に対する取り扱い改善のために東奔西走したのがバワーズなのである。彼なければ歌舞伎は今のような形で残っていたかどうか、伝えられてきたかどうか。

このバワーズ少佐、初代吉右衛門を崇拝していたという。彼にとっては、シェイクスピア芝居の名優、ローレンス・オリビエのような存在だったらしい。逆に吉右衛門にすれば、まさに救世主のような存在だったろう。戦後バワーズが来日した折、病に倒れる寸前の吉右衛門は舞台で熊谷を演じたという。

10月は、こんなエピソードを念頭に、バワーズさんにも感謝しつつ、熊谷をじっくり観よう。

「熊谷」だけ一幕観もできる。
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