江戸時代、奢侈禁止などさまざまな規制を受けながらも生き残ってきた歌舞伎。だが第二次世界大戦後の占領軍による統制には屈するしかなかった。
総司令部は日本の占領中に歌舞伎の検閲を徹底して行った。上演に当たって松竹が歌舞伎脚本を全文英訳して提出した資料がワシントンの国立公文書館に残っているという。『菅原伝授手習鑑』の「寺子屋(てらこや)」のように、総司令部が強権発動して上演を停止させたものも中にはある。むろん封建的忠誠心をあおるような芝居や、戦意高揚の内容は「上演まかりならぬ」というわけである。
「熊谷陣屋」もその筆頭であった。しかし「寺子屋」も「熊谷陣屋」も、他の”戦意高揚”演目にしても、歌舞伎の傑作中の傑作なのである。武家社会や儒教思想を踏まえながら観るべき芝居であるし、またそれらを知らない現在の我々すら感動するような層の厚い「人間ドラマ」なのである。だがそのような理由が当時の日本で通用するわけはなかった。