ホラー映画のサービスシーンが恐怖を増幅する

オープンウォーターの画像
オープンウォーターはすべて本物を使ってる。そこが怖い。
『オープンウォーター』は、海洋に取り残される恐怖を描いています。慣れ親しんでいて、普段は全く恐怖を感じないものでも、状況が変わると大きな恐怖の対象に変わってしまいます。パニック映画でよくあるパターンです。

既知のものが未知に変わる恐怖を描いた映画はたくさんあります。『悪魔の棲む家』では、くつろげる場所であるはずの「家」が、『チャイルドプレイ』では人形が、『着信あり』では、携帯電話が、『0:34レイジ34プン』では、地下鉄の駅が恐怖を倍増させます。(『着信あり』は、かなり怖いので注意。『0:34レイジ34プン』はスプラッターですので注意)。

ホラー映画で、よく見かけるのが、何かが起こりそうで起こらない、緊迫した場面です。十分にやきもきさせた後、ありふれた物事が起こり、ホッとした瞬間、「怖いもの」に直面するというパターン。未知の恐怖と、それが知ってる(既知)ものだった安心感とが、交互に入れ替わるホラー映画のサービスシーンです。

『箪笥』は、号泣ホラー映画のコピーに恥じない、切ない映画です。日本映画の怖いシーンに似た「サービスシーン」も満載ですが、この映画の一番の目玉は、きっと誰もが持っている「思い込み」です。あまり近すぎるものであるために、敢えて見ないものの正体。映画では、誇張してますが、『暗闇のかくれんぼハイドアンドシーク』や『シークレットウィンドウ』でも、同じような「思い込み」が恐怖の背景にあります。

日本映画では、幽霊や怨念やが一番怖いものですが、洋画でそれに変わるものが「悪魔」です。私たちにはキリスト教の背景がないので、「悪魔」自体の恐怖感はありませんよね。よくできた「サービスシーン」がなければ、恐怖感は全く感じられないかもしれません。ですが、キリスト教の人々にとっては、悪魔は、幼いころから刷り込まれてきたものなのでしょう。「思い込み」ゆえの恐怖。「~であるはずだ」という恐怖。異質なものに対する恐怖です。

『森』や『田舎』、『共同体』も同じ「思い込み」の恐怖を誘います。敢えて勇気を持って知ろうとすれば、怖くないものかもしれないのに、それをしないために、恐怖の対象となってしまうのです。

今回の記事は、いかがだったでしょうか? 次回は、すご~くコワ~イ「怖い映画 上級編」を特集します。今回の記事で物足りなかったあなた、次回をお楽しみにしてくださいね。

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