昔と今でガラリと内容が変化

 
トーク&ゲームの元祖です(NHK想い出倶楽部~昭和30年代の番組より~(2)私の秘密)
硬いものから軟かいものまで、地味なものから派手なものまで、ありとあらゆる様々なバリエーションが生み出されたバラエティ番組。その中でも、トーク番組はテレビ放送以前の、ラジオ時代から頻繁に制作されてきた、老舗的存在です。

綿密なリハーサルや大掛かりなセットもいらず、比較的低予算で制作できる点が、テレビ局側としても重宝したのでは。当初は文化人や、政治家が世相を語るものが主流であり、バラエティというよりも教養番組のジャンルに入るものが多かったようです。

その一方で「スター千一夜」(フジ)などのような、芸能人へのインタビュー番組も、人気を集めてはいました。ただ、こちらはあらかじめ質問の内容や、時には回答まで台本で決められており、スタイルは似ていてもトーク番組とは似て非なるものでしたが。

フリートーク・コーナーの登場



芸能人による台本のないトークが始まったのは、1960年代に入って登場した「モーニングショー」(現・テレビ朝日)を初めとする、ハプニング性を重視したワイドショーの影響が大きいようです。ただそれも、司会者とゲストが一対一で、テーマを決めての楽しいお喋りといったものが主でした。

その後、昼から夜へとワイドショーの放送枠が広がり、「11PM」(日テレ)が始まったことで、より砕けたトークが楽しめるようにはなりました。とは言え、まだまだトークは、台本に沿ったものが中心ではありましたが。

エンタテインメントとしての毒舌



今のようなフリートークが、テレビで楽しめるようになったのは、それほど昔のことでもないようです。78年に山城新伍の司会で話題になった「笑アップ歌謡大作戦」では、中尾ミエや研ナオコの毒舌混じりのアドリブ・トークが大評判を呼びました。

80年代に入ると、空前のマンザイ・ブームでお笑い芸人が大挙してテレビに登場し始めました。ブームは約2年間続いて終息しましたが、ビートたけし、明石家さんま、島田紳助といったトークの天才たちは、その後のバラエティでも活躍を続け、トーク番組には笑いと毒が欠かせないものになりました。

いよいよ、トークの歴史を変えたアノ番組が