水の楽園に花開く天下の名園 蘇州古典園林
太湖のほとり、朝もやの中に浮かぶ家並みの間には、道路の代わりに張り巡らせた水路、浮かぶ船――水の都、蘇州。自然を愛し慈しんだ貴族たちは、この地に集まり、大自然の美や生命、四季の歩みを庭に再現し、愛でながら暮らしていたという。今回はマルコ・ポーロがその美しさを絶賛したという蘇州の古典園林を紹介する。世界遺産、蘇州古典園林
蓮が香ってくることから名づけられた拙政園の遠香堂。庭園は自然の縮図であり、自己の主張であり、友との語らいの場だった
拙政園と留園の2か所が中国四大名園に数えらるように、蘇州の庭園は中国でも最高と称され、「江南の庭園は天下一、蘇州の庭園は江南一」という言葉で表現されている。
蘇州には200を超える庭園があるというが、世界遺産に登録されているのは9か所。1997年に拙政園(せっせいえん)、留園(りゅうえん)、網師園(もうしえん)、環秀山荘(かんしゅうさんそう)が、2000年には拡大されて滄浪亭(そうろうてい)、獅子林(ししりん)、退思園(たいしえん)、藝圃(げいほ)、藕園(ぐうえん)が登録された。
水の都 蘇州
蘇州水郷古鎮。郊外では田園、街では家並みの間を、水路が複雑に入り込んでいる。やがて水路はタンカーさえ通る巨大な運河へと流れ込む
中国にもこのふたつの街を称して「上有天堂 下有蘇杭」という言葉がある。「天に楽園あり、地に蘇州・杭州あり」という意味だ。どうしてこれらの街がこれほど愛されるのか?
答えは「水」。長江のデルタ地帯に位置するふたつの街は、「江浙(蘇湖)熟すれば天下足る」と呼ばれたほど肥沃な土壌と豊富な水を利用して、いつの時代も時の政府を支える穀倉地帯として栄えてきた。
農業のために水路を発達させたのはもちろん、豊富な水を利用して無数の運河が建設された。有名なのは京杭大運河。北京から蘇州を通って杭州に至るこの大運河はなんと2,500kmもの長さを誇り、黄河と長江というふたつの大河を結んで中国を縦に結ぶ大動脈として2,000年近くにわたって利用されてきた。
朝、蘇州郊外の街並みを歩くと「楽園」と呼ばれた理由がよくわかる。
朝もやにぼ~っと浮かぶまっ白な家々。その間には道路ではなく、褐色の水路。水路は網の目のように複雑に絡まって、やがてさらに大きな運河へとつながり、周囲には水田が銀に輝き、やがてもやの中へと消えていくる。人々は船に乗って物資を運び、通勤し、買い物に出かける。まだ色のついていない早朝、その景色は山水画のように澄んでいて、息を呑むほど美しい。
なお、杭州の西湖は「杭州西湖の文化的景観」として世界遺産に登録されている。