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フォーミュラニッポン2007 総集編(5ページ目)

日本最高峰のフォーミュラカーレースである「全日本選手権フォーミュラニッポン」。最終戦までチャンピオンが決まらず大混戦になった2007年シーズンを振り返ります。

辻野 ヒロシ

執筆者:辻野 ヒロシ

モータースポーツガイド

新チームに3勝!まだまだ日本代表の本山哲

本山哲
【写真提供:MOBILITYLAND】
今年は真新しいカラーリングのチームがフォーミュラニッポンに登場した。本山哲が中心になって結成された「アラビアンオアシスレーシングチーム」だ。

ドライバーは本山自身とミハエル・クルム。監督に服部尚貴を起用するなど体制面での戦闘力アップが図られ、本山のやる気が伺えた。

最終戦のチャンピオン争いには加われなかったものの、終わってみればシリーズ3勝。それも全て鈴鹿ラウンドを制し、ランキングは4位でシーズンを終えた。

本山も36歳と大ベテランの領域に入ってきているだけに、昔のような圧倒的な一発の速さは少し影を潜めている。しかしながら、レース中の状況判断力、レースの組み立て、ここぞという時の勝負強さはさすが5度のフォーミュラニッポンチャンピオン獲得者といえるもので、「キング」の名が相応しい存在だ。本山の誰も真似できない強さを日本の若手はそろそろ真剣に学ぶべきだ。
本山哲のマシン


ゲストにトニー・カナーン登場!苦戦しながらも決勝6位

トニー・カナーン
【写真提供:MOBILITYLAND】
フォーミュラニッポン最終戦にはアメリカ・インディーカーシリーズに参戦中のブラジリアン、トニー・カナーンがゲスト参戦した。

今回のカナーン参戦はフォーミュラニッポンを統括するJRPがシリーズのカンフル剤にと要請したもので、カナーンは「憧れのセナが活躍した鈴鹿を走れるなら」と快諾したそうだ。

きっと快諾した時には最高のマシンが用意されると思っていただろうが、現実はそれほど甘くは無かった。初めての鈴鹿、初めてのカテゴリー、そして初めての日本チームとトニーにとっては初めてづくし、エンジニアとも言葉の壁でうまくコミュニケーションが取れなかったこともあり、セッションが進むごとに苛立ちがつのっていった。予選は22台中の18番手、トップから2秒も離されたインディーカー王者のプライドはズタズタになったに違いない。
トニー・カナーンのピットイン

しかし、決勝レースでは10年ぶり以上のスタンディングスタートをキッチリと決め、バトルの見せ場は無かったもののジワジワと順位をあげ、結局7位でチェッカーを受けた。(小暮の失格で6位に。しかし今回はポイントのつかない章典外のゲスト参戦だ。)このような苦しい状況下であるにも関わらず、キッチリと決勝レースを走りきりシングルフィニッシュを決め、長距離レースのインディーカードライバーの維持を見せてくれた。
鈴鹿市内のブラジル人学校の生徒らと触れ合ったトニー・カナーン。アメリカのレース界のようにこういう交流を持つことは日本のレース界にとっても重要なことだと思う。【写真提供:MOBILITYLAND】


【関連リンク】
フォーミュラニッポン公式サイト

モビリティランド

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