ウイナーは5人、今年も大混戦だったフォーミュラニッポン

国内最高峰フォーミュラカーレース、全日本選手権フォーミュラニッポンの2007年シーズンを振り返る「総集編」をお届けします。
Formula Nipponのスタートシーン
【写真提供:MOBILITYLAND】

シャシー&エンジンが変更され新フォーマットで行われた2006年のフォーミュラニッポン。今年もその規定を引き継ぐ形でレースが行われた。昨年は主にハード面のリニューアルが行われたが、今年はレースのソフト面における改革が行われた。

2007年はラウンドごとに異なるレース距離を設定し、各チームのレース戦略面に幅を持たせた他、新たに中低速コースの岡山国際サーキットでのレースが加わったことで混戦模様がさらに激化し、結果的には3人のドライバーが最終戦でシリーズチャンピオンを争う大混戦だった。

驚速・小暮の痛恨の失格!松田が初のチャンピオンに

松田次生
小暮卓史(PIAA NAKAJIMA)、松田次生(mobilecast Team IMPUL)、ブノア・トレルイエ(mobilecast Team IMPUL)の3人がチャンピオンの可能性を残して迎えた最終戦。レースを予選から制圧したのは小暮卓史(PIAA NAKAJIMA)。

小暮は独走で優勝を飾りチャンピオンの暫定表彰まで行われたものの、レース後の車検でスキッドブロック違反が判明し失格の裁定が下った。

トレルイエはリタイアしていたが、5位でフィニッシュした松田次生の順位が一つ繰り上がったことで松田次生が大逆転でシリーズチャンピオンを獲得した。
松田次生のドライブしたmobilecast TEAM IMPULのローラ・トヨタ
松田次生は三重県・桑名市の出身。SRS-F(鈴鹿レーシングスクールフォーミュラ)で佐藤琢磨の同期生である。2000年からフォーミュラニッポンに出場し、いきなり初年度から優勝。しかし、その後はスランプに陥りチーム体制にも恵まれず低迷。昨年、名門チームインパルに加入し、その速さを再び蘇らせた。

2007年シーズンの松田は未勝利ながらコンスタントにポイントを重ねて(ノーポイントは僅かに1戦)チャンピオンを獲得した。勝利のチャンスが何度かありながらもあと一歩及ばなかった形だが、何といってもツキがなかった。しかし、松田は腐らず一つ前のポジションを追ってプッシュし続けた”粘り”がシリーズチャンピオンにつながった。

次のページでは小暮卓史の2007年と最終戦の失格劇を振り返ります!